奴が出た


 引っ越してきてすぐの、まだ荷物も届いていない日のことだった。何も無い部屋で布団を敷いて寝ていたら、押し入れからカサカサという物音がした。
 奴であることは明白だった。普段だったら、即時戦闘態勢に入っていただろう。が、そのときの自分は、対奴兵器である毒ガスも熱兵器も、持っていなかった。あるのはただ、その日に買ってきたテレビ台の部品だけであった。
 それでも近接戦闘用の棒として使うことは出来たが、しかしそれを使って奴を撃退するには、まず奴を押し入れの中から追い出さなければならない。押し入れはくらいよせまいよこわいよーなので、その中で戦闘をするのはいかにもこちら側に不利なのだ。
 しかし追い出そうにもやはりその手段がないし、それにその日は非常に疲れていた。中から出てくるのならばともかく、こもっている限りはこちらに被害が及ぶこともない。
 その日は、放置して寝ることにした。奴は出てこなかった。
 翌日。再び物音がする。そして今度は、ついに奴は押し入れの中から出てきた。奴は飛んだ。羽を使って飛んだ。飛んで、そして室内灯にとりついた。
 この時点で尚、自分に与えられた武器は棒のみであった。棒で奴を攻撃することは可能であったが、しかしその場合、奴が止まっている室内灯を破壊してしまう危険があった。
 私は奴を再び飛ばすことにした。自分の方向に飛んでくる危険性はあったが、しかしどのみち奴はいつ飛ぶかわからない存在なのだ。ならば、迎撃態勢の取れる今飛ばした方が、まだいい。
 私は新聞紙を丸め、奴をつついた。奴は再び飛び、今度は壁に止まった。それを私が再び新聞紙ではたき、床に落ちたところを、棒を以て撲殺した。体調約5Cm。触覚まで含めると10Cmもあるような奴だった。
 私はようやく安堵を得た。そして、それまで行っていた荷物の整理を再開した。
 だが数分後。今度は別の奴が、部屋の反対側から飛来してきた。すっかり気を緩めていた私は、危うく奴と衝突しそうになった。壁にとりついた奴を、私は半ばパニックになりながら新聞紙で叩いた。床に落ちても尚新聞紙で叩き続けていたが、やがてそれでは奴を倒せないことに気づき、先刻使用した棒を持ち出して、ようやく奴を撃破した。
 倒して気づいたのだが、それは先刻倒した奴より一回りほど小さかった。おそらくメスであろう。そして先ほどのがオス。つがいだったのだろうか。自分が引っ越してくるより遙か前からここに住んでいた、先住者だったのだろうか。そう考えると、多少もの悲しい気分にもなった。オスは、住環境の変化に対し偵察のため表に出てきたのだろうか。潜んでいたメスは、相方が倒されたことを察知して慌てて飛んできたのだろうか。
 そして私は、そんな彼らを、殺してしまったのだ。
 だがそんなことを言ったって、仕方が無いじゃないか。このままあの奴ら夫婦を放置したら子供が増えるし、もしそして部屋が奴らであふれかえったとしたら。そのとき大家に追い出されるのは、奴らではなくこの私なのだ。
 これは生きるための戦い。互いの存亡を書けた生存競争なのだ。
 尚、倒した奴の写真をここに掲載しようかとも考えたが、ここを見たiAcnが怒って暴れるといけないので、代わりに奴を粉砕した棒の写真を掲載しておく。
こんぼう
 この棒はテレビ台を支える柱として現在も活躍中である。
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