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当たり障りの出るガス代の話


 昔は天気の話は(政治的に)当たり障りのない話題とか言われましたが。昨今ではむしろ、もっとも身近な政治の話題になっている気がします。
 今日は風が強くていかにも冬日という感じでしたが、今週末は気温が上がって気温は春日になるそうです。もっとも気温があがると上昇気流が発生して雨模様になってしまうので、良いか悪いかは人によりけりでしょう。

 例年なら暖冬と聞くとああ異常気象が温暖化がとそっちの心配をするところなのですが、今年はエネルギー価格が高騰していることもあって、これでガス代が節約できると安堵感が先に来てしまいます。

 ところでそのガス代ですが、政府が補助しているのは都市ガスまたは配送されるLNGだけで、LPガスは小売り価格の補助対象にはなっていないそうです。

 ウクライナ戦争でLNGの国際価格が高騰したためLNGに対しては補助を行うけど、LPはLNGではないので対象外、という理屈のようです。
 そして、日本では46%の家庭に都市ガスが普及しているそうですが、その都市ガスの殆どはLNGを使っているため都市ガスは丸ごと補助対象、ということのようです。
 とはいえ、54%の家庭には都市ガスは来ていないわけです。1割いるとされるオール電化住宅に住んでるか薪を割って生活してるかでもない限り、LPガスを使ってお湯を沸かしてお風呂に入っているわけです。オタクといえども最近はコミケ関係なく風呂に入るので、4割以上の家庭にとってLPガスは必需品です。

 LPガスは石油製品なので、石油の輸入価格に応じて値段は上がります。ただでさえLNGより割高な上に、円安と原油価格の高止まりでLPガスも年ベースでは値上がりしています。
 ちなみに、同じく石油製品であるガソリンには政府補助が入っています。

 さらに言えば、都市ガス事業者には小売り価格補助とは別に、ガスタンクなどの設備投資への補助金も用意されていて、しかも小売り価格への反映も義務ではないのですが、LPガスや簡易ガスはその補助制度からも対象外です。
 ガソリン補助金が小売り価格に反映されずに別の目的に使われていると言うことが昨年秋くらいに問題になりましたが、ガスについては都市ガスとLPガスとで小売り補助も設備投資補助も差を付けられているのです。

 都市ガスというのは名前の通り都市部にしかありません。地方や、都市部とされるところでもちょっと市街地から離れるとガス管が来ていなくて、LPガスしか選択肢がないところはたくさんあります。
 電気、ガソリン、都市ガス、と補助対象にしていて、何故LPガスは補助対象にならないのか? 地方切り捨ての一環なのか? という疑問を感じてしまいます。
 
 この国の春はまだずっと遠いようです。

 


荒野草途伸の経歴メモ


1975年(昭和50年)
 愛知県江南市の病院にて産まれる
(...が、父親が出生届を一宮市役所に持っていった為、戸籍上は一宮市の母親の実家で産まれたことになっている。)

1981年(昭和56年)
 瀬戸市五位塚町に移住。この歳から瀬戸市立古瀬戸小学校(※現・瀬戸市立にじの丘学園)に通う。

1987年(昭和61年)
 瀬戸市立祖東中学校(※現・瀬戸市立にじの丘学園)に入学
 陶芸部に所属。
 2年生の時に病気を患い、入院を挟んで1年近く学校に通っていなかった。

1990年(平成2年)
 愛知県立瀬戸西高等学校 普通科入学
 郷土研究部に所属。部員は有名だが部活動は知られていない謎の集団だった。
 当時瀬戸市の海上の森を会場に計画が持ち上がっていた、愛知万博について調査提言をまとめた。

1993~1994年
 浪人。
 受験勉強の合間を縫って、八事の中京大学構内にある放送大学学習センターに通っていた。

1995年(平成7年)
 琉球大学 理学部物理学科入学。
 沖縄県中城村に移住。
 当時は光エネルギーの研究者になるのが目標だった。
 1年生の時に非常に暇だったので、通信教育で行政書士試験の勉強をして合格した。
 
1999年(平成11年)
 琉球大学卒業。
 当時は就職氷河期であり、就職先が決まらず約1年コンビニでアルバイトをしていた。

2000年(平成12年)
 沖縄のIT系の会社に就職。
 採用と同時に研修も何も無しに福岡の日立情報システムズ(※現・日立システムズ)九州支店に派遣。
 初任給は11万円だった。
 自治体・公共団体向けシステムを手がける。

2001年
 当時リリースされたばかりのMicrosoft .NETテクノロジを用いたシステムから選ばれた「.NET AWARD」に、自身が設計開発の一部を手がけたシステムが選ばれる。

2002年
 某市の文書管理システム導入の支援に入るが、主担当者が産休に入り人員補充がされないままなし崩しに自身に全責任がかぶせられ、鬱病を発症。
 医師がストップを出しているにも関わらず働かせ続けようとした為、医師が怒って会社に電話をかけるという事件も起きた。
同年
 名古屋の日立HBM中部本社に派遣先が変更になる。
 これに伴い瀬戸市に居住地が戻る。

2003年(平成15年)
 ソフトウェア開発技術者試験(※現・応用情報処理技術者試験)取得

2004年(平成16年)
 給与10万円代ボーナス3万円という状況が改善せず、退社。
 派遣SEとして数社を渡り歩く。
(東海共同印刷、等)

 趣味で書いていたkeyのKanonのSSの最終回をアップしたところ、当時利用していたinfoseekのWebサーバがアクセス過多で落ちてしまう事件が起きる。

2005年(平成17年)
 外為どっとコム沖縄支店にSEとして採用される。
 沖縄県浦添市に移住。
 ヒラのつもりだったが、知らない間に主任にされていた。

 日本共産党や沖縄社会大衆党の集会や政治資金パーティに顔を出すことはあったが、これと言った政治活動はこの頃はしていなかった。

2008年(平成20年)
 係長に昇任。

2009年(平成21年)
 病状悪化に伴い外為どっとコムを退社。

2010年(平成22年)
 病気療養の為再び瀬戸市に戻る。

2011年
 沖縄県知事選の関係で沖縄社会大衆党のサポーターに加入する。
(が、その後現在に至るまで音沙汰無し。)

 この後、短期契約やフリーランスでSEなどの仕事をちょくちょく行っていた。
(中部産業連盟、アイムテック、等)

2013年(平成25年)
 インターネット選挙解禁に伴い、選挙支援に関わるようになる。
 労働問題で実績を上げていた日本共産党を中心に支援していた。

 この頃から、Twitterを中心にネット上での政治的発言が急速に増えていった。
 RT専用アカウント「@xsread」開設。

2016年(平成28年)
 瀬戸市議選で共産党候補を支援した縁で、日本共産党に入党。

2018年(平成30年)
 春日井市の高蔵寺NTに移住。
(出社勤務の際の交通の便から)

2019年(令和元年)
 合併前の立憲民主党のパートナーズに登録。
(※合併前の立憲パートナーズ制度は他党の党籍を残したまま登録できた)

2020年(令和2年)
 日本共産党離党。
 立憲民主党と旧国民民主党の合併に伴い、立憲パートナーズからも離脱。

2021年(令和3年)
 経済産業省中部経済産業局の局内SEとして勤務(身分は非常勤職員)。

2022年(令和4年)
 中部経済産業局退職。フリーのSEに戻る。
 立憲民主党あいち政治スクールに参加(非党員)。

そして現在に至る。
労働組合には加入したことがないが、政治的関心事項の筆頭が労働問題なので、出来れば関わりを持っておきたかった。