学校」カテゴリーアーカイブ

temp_20180927_xsread_RT編集用workspace_沖縄県知事選3日攻防


沖縄選挙は「三日攻防」という言葉があるように、最後の最後まで熾烈な組織戦が展開されます。記憶に新しいのは、1月の名護市長選。公明選挙の馬力を


「27日午後3時発表」大型で非常に強い台風24号は、依然として、沖縄の南をゆっくりと北上しています。これからあさって(土)にかけ、まる2日以


なんでって、自民党公明党の最後の追い上げはプロだからです。空から槍が降っても投票にいく組織選挙になんとしても勝たなくちゃいけない。最後の瞬間


今日、県議会臨時議会が開会されました。6月議会にはそこに座っていた翁長知事がいません。追悼の花が置かれていました。命の燃え尽きる瞬間まで沖縄


翁長さんのことを「国と対立しすぎた」と言う人が多いけど、クラス全員からイジメられてる人が「イジメはやめて」と言うことを対立とは言わないように、


沖縄県:県民投票条例案を提案 「辺野古」賛否問う


様々な大会や集会に出て感じることは。四年前とも違います。自民公明対オール沖縄という画一的な戦いでもなくて。候補者を信じられるのか?


ブラックな働き方、なくしたい正社員をふやすために会社に助成金格差社会をただしていく基地にたよらない自立した沖縄経済へ玉城デニーさんなら無限に


出産や育児は難しくてもやりがいがあるということ。子どもの成長に向き合う濃密な時間の中で、どれほど高い技術が要求されるのかを多くの男性は知らな


中高校のバス通学無料で月に1万6千円は浮くところも。デニーさんは、県知事になって実現できる事をしっかりと、あげています。(さきまさんの携帯電話


Wifi~(無料なら)許認可特に必要無しバス代~県予算からバス代補助を支給する形になる(国の許認可は不要)携帯代~総務省の管轄なので県知事では下げれ


デニーさんの政策チェックしてね!無料Wi-Fiを県内どこでも利用できる環境を整備し、県民も観光客も便利な情報通信網に!観光客だけでなく県民も住み


来年絶対沖縄行くぞ!はるかなやエクレアがそのアツい日々を過ごしたこのビーチ絶対絶対行く!!ここだけはなんとしても訪れるよ。こんなにもはるかな


はるかな熱いなぁぁ 決勝戦に三話使ってラスボスエクレアにするとは思わなかったぞ


シークヮーサーをPR 消費拡大へ名護で即売会


時間までラーメン食べに来た~!!


新時代沖縄 は付加価値型の観光立県を目指します。ハワイを超える観光客を迎えた今、次のステップは “量”から“質”へ転換です。一人ひとりの旅の


元THE BOOMのボーカリスト シンガーソングライターの宮沢和史さんのメッセージです。


翁長後継・玉城デニー独占インタビュー 「僕の名前が出たんだと思うと、この上なく光栄」〈AERたくさんの方に読んでいただきたい玉城デニーさんのイ


お待たせいたしました!インタビューの後半、「新時代沖縄」編が公式HP上で本日公開されました。「新時代沖縄」を実現するための具体的な政策と、新た


沖縄では「玉城デニーさんが勝つかもしれない」と悟り始めた企業が、よっぽど自民党にゴリゴリの思想を持っていない限り、佐喜眞淳さんを大々的に応援


玉城デニーさんに投票しようと思っていた無党派層の若者が「自分が投票に行かなくていいかな」と思い始めていることがわかりましたので、「そんなこと


今回の県知事選、投票率をなんとかして上げていかないとデニーさんが負けます。少しでもデニーさんが県知事になればいいなと思ってる沖縄県民は周りに


「次は日本一」広島Vにファン歓喜 応援歌が響く沖縄市 goo.gl/5twcQt #広島カープ #沖縄市 #okinawa #沖縄


※玉城デニーは沖縄市のFMでDJをやっていた。


temp_20180923_xsread_RT編集用workspace_沖縄の育児と教育環境


【フィナーレイベント物販情報】このあと13時30分よりフィナーレイベント会場のサイエンスホールにて物販開始です(開場は14:00)。ぜひこちらもチェッ


葉留佳はそんなに好きじゃなかったけど、佳奈多ルートもやって葉留佳の良さもあらためて分かってきた。


沖縄の選挙取材態勢を各社強化。もともと、全国紙は最大規模の築地でさえ、数人。他社は1人がザラだったのになぁ。w


9月11日、玉城デニー予定候補と相手候補の討論が記者クラブ主催で行われた


知事選の討論会で、女性の社会的地位を向上させるには? と聞かれた玉城デニーさん。そのためには待機児童の解消はじめ、女性が働きやすい環境をつく
https://twitter.com/shimagurumi/status/1041520522222157824
子育て支援に労働対策視点加藤彰彦氏 沖縄大学名誉教授沖縄タイムス 2018.0923 pic.twitter.com/ptlmEEJPEV


「沖縄は離婚率も高いけれど、そもそも労働環境が悪いから、離婚後もシングル・マザーの家庭が養育費を夫からもらえてなかったりする。子どもの貧困ひ


子育てには周囲の支援が不可欠です。どんな状況にあっても当事者を孤立させてはなりません。まずは各地域に子育て世代包括支援センターを配置し、妊


私の経験から言っても、沖縄の子育て世代には不安が多い。保育園や学校に子どもを預けている間や通学途中の安全は確保できているのか。受験期には騒音


子どもを安心して預けられる環境をつくるためには、様々な課題に同時に取り組む必要があります。保育園を増やしたり、子育てにかかる費用の負担を軽減


保育料・給食費無料小中学校クーラー100%中高バス代ゼロ pic.twitter.com/Lis29VDq7y
https://twitter.com/njwa_okinawa/status/1042222127686905856
那覇市ではいち早く実現した子育て世代包括支援センター!那覇市は、らららステーションです。全ての市町村に必要です!


子育て世代包括支援センター(沖縄版ネウボラ)を全市町村に設置し、母子手帳の交付から、妊娠、出産、就学前の子育てを切れ目なく支援します(母子保


デニーさん中高生バス無料化、助かる


中高生のバス通学無料化これは子育て中のご家庭には嬉しい公約
https://twitter.com/MisatoFlove/status/1041461996359577600
県内12校が共演 県マーチングフェスタ goo.gl/3bGtEf


中部から那覇の学校に通うと片道1000円とかする。往復2000円、20日で40000円。バス代を稼ぐ為にバイトをする。その時間を勉強に、部活


学校でも課題は山積みです。教育の現場を担う先生たちの多くが重い負担に苦しんでいます。教員の病休率は全国平均の3倍、10年連続ワースト1位。これ


デカデカと「さきま淳」の名前を書いて支持を訴える垂れ幕。ここまであけすけな公選法違反は見たことがない。普天間高校は選管と警察に撤去を求めたよ


左が普天間高校の横のビルに掲げられた佐喜真応援の弾幕右が普天間高校校長による「この弾幕は高校とは関係ない、やめて」との声明


沖縄の暴走族が激減したワケとは? 単車よりスマホ?(沖縄タイムス) – Yahoo!ニュース headlines.yahoo.co.jp/hla=20180922-… @YahooNewsTopics


県知事ではそんな権限は無い事がまだまだ周知できてない気がします…1人でも多くの沖縄の方に知って頂きたいです。


【 #教育 】国の教育ローン 098u.com/2014/12/148136 #沖縄のうわさ話


【就学援助の取り組み】沖縄県の翁長県政は、15年度から「小中学生調査」「高校生調査」「未就学児調査」を実施し、施策に反映テレビコマーシャルなど


私は母子家庭に育ちました。しかし、学費を免除してもらえたり、普通の生活をおくる権利を与えられました。社会に支えられながら成長し、今回、その大


宜野湾市で「ひとり親世帯の支援」をスタートさせたのは #サキマ淳 さんではなく #伊波洋一 さん。


「僕も成人した後、一度父を探そうかと思ったこともありましたが、いつしか「生きていればそのうち会えるかな」という風になりましたね。世の中には色


標的の沖縄


 12年前の2004年8月13日、沖縄県宜野湾市の沖縄国際大学構内に米軍のヘリが墜落し、校舎の壁に激突した。この時沖国大は丁度前期試験が終わって夏休みに入った直後であり、幸いにも死傷者は出なかった。これがあと数日早かったら、学内には在学する殆どの学生がいたであろうし、その後の展開も含めて想像もつかない大惨事になっていたことは想像に難くない。
 沖縄国際大学は民有地であり、捜査権限は当然のことながら沖縄県警にある。消防活動の義務と権限は宜野湾消防本部にある。この両者は、ヘリが墜落して真っ先に現場に駆けつけ、宜野湾消防は消火活動、沖縄県警は操作活動を始めた。
 
 だがこの後、米軍並びに日本政府によって行われた蛮行を、我々は忘れてはならない。

 この後、当時の日米地位協定に照らし合わせても敷地内に対して捜査権限どころか立ち入り権限すら有しない米軍部隊が、沖国大当局の許可を得ることもなく無断で沖国大敷地内に立ち入り、挙げ句先に来ていた宜野湾消防と沖縄県警を追い出して、事故現場を勝手に封鎖してしまった。
 外国軍が、条約の規定を無視して民有地に無断で立ち入り、しかも日本国の国権たる防災・捜査活動を排除して、日本の民有地を不法占拠してしまったのである。これは、米軍による日本への侵略行為に他ならない

 沖縄国際大学と宜野湾市は直ちに米軍に抗議し、沖縄県も国を通じて抗議を行った。この際、沖縄県は事態が事態だけに、県民を守る為に沖縄県警機動隊を出動させることになるかもしれない旨、日本政府に伝えていた。県民を守るべき立場にある沖縄県としては、当然の判断である。
 だが、日本政府の回答は、米軍の不法行為を黙認せよというものだった。この時の首相は小泉純一郎、内閣官房長官は安倍晋三である。

 この時の模様は、記録映画「標的の村」にも一部出てくる。
 ひたすら無表情に徹する沖縄県警の警察官と、それとは対照的に怒りと憎悪の表情を露わにする沖国大職員。ただ、どちらも気持ちは同じだっただろう。

 米軍所属ヘリの事故は沖縄ではほぼ毎年のように起きていたのだが、この事件の後、沖縄県民の感情は、(県外民の私から見ても)少し変わったように思う。「米軍ヘリ」「ヘリ事故」に対する反応が、それまでとは全く異なるようになった。
 その極致が、2013年のオスプレイ配備問題に対する”建白書”である。尚、この建白書をはねつけたのは、第2次政権首相に就いたばかりの安倍晋三である。
 この建白書の発起人となった翁長雄志那覇市長は、この後自民党を離党して沖縄革新勢力と組み、2014年沖縄県知事選で翁長氏は現職仲井眞氏を破って県知事に当選した。その後の衆議院総選挙、2016年の沖縄県議会選、参院選と、全県規模の選挙ではこの”建白書”派は勝利している。
 その原点が、この沖国大ヘリ墜落事件にあると言ってもいいだろう。

 先に挙げた「標的の村」は、東村高江に建設中の米軍ヘリパッド建設への反対運動を記録した映画である。第1次安倍内閣時の2006年に寝耳に水の話として東村にも沖縄県にも相談もなく計画すらも知らされず建設が始まったということもあるが、運動が大きく盛り上がりを見せだしたのは「ここがオスプレイの訓練場になる」という情報が流れてからである。
 現在、高江で米軍施設工事を警備しているのは、沖縄県警では無い。警視庁や千葉県警をはじめとした、他県から来た機動隊員である。

 本土の人達(私は「本土」という言い方は嫌いだが、敢えてこの言い方を使わせて貰う)は、この経緯を見てどう思うだろうか。
 中国が中国ガと騒ぐより以前に、米軍によって既に日本の国家主権が侵害されているのである。
 
 それとも、「サヨクを叩けるなら日本の国家主権は侵害されてもいい」そういうお考えだろうか?
 それとも、「サヨクの発信する情報は正しい情報ではない」と言い張って、”ネットの正しい情報”にしがみつくおつもりか?

参考文献:沖縄国際大学「米軍ヘリ墜落事件」
http://www.okiu.ac.jp/gaiyou/fall_incident/


19年前


19年前。浪人生。時の政権は村山内閣。センター試験の翌日、阪神大震災。2月、荒野草途伸琉大受験、初沖縄入り。3月上旬、琉大合格。合格したのは他に神戸の甲南大学1校のみ。前年夏には松本サリン事件、この年3月に東京地下鉄サリン事件。地下鉄サリン事件の当日、琉大入学手続きのため沖縄に飛ぶ。3月27日、荒野草途伸二十歳。翌4月の統一地方選、沖縄転居が決まっていたため投票出来ず。初投票は7月の参院選に持ち越し。愛知万博反対派の酒向英一氏は惜敗。当時セーラームーンはSシリーズ、最終回を見て沖縄に転居。SSシリーズは10月のQAB開局まで見れず。6月、社会学の課題でHT君・iAcnと共に沖縄県平和祈念資料館に。9月、在沖米兵による少女暴行事件が発生。地元紙がすぐに載せなかったため同級生誰も知らず、わざわざ朝日取ってた自分だけが知ってた。革マル系自治会メンバーだったNさんに新聞もってかれそうになる。10月21日、沖縄県民総決起大会。同じ日に物理学科の懇親会。iAcn飲み過ぎで潰れる。翌日行政書士試験、復活したiAcnに送って貰う。12月、行政書士試験合格。Windows95日本語版発売。当時社会党は新党名を公募していた。冬休みは短いので実家帰らず。というかシムシティにハマって帰れる状態じゃ無かった。

 翌年1996年、村山内閣は退陣し橋本内閣に交代した。SACO合意などの実績は残すものの、沖縄をめぐる政治は長い迷走の時代に入る。1996年に行われた小選挙区比例代表並立制導入後最初の総選挙では、新進・民主両党が低迷する中、共産党が小選挙区2議席を含む26議席を獲得し躍進した。
 
 
 そして19年の月日が流れた。

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ツヨシの青い空


すっげだるい。マジだるい。だるいなんてモンじゃ無い、午前中はほんとこのまま一生を終えるのかしらんとか思った。

先週頭に双極性障害(躁鬱病)の躁が突然来て、その後ずっと現在に至るまで欝が続いている。自分の場合の欝は、気分が滅入るというのもあるが、思考回路から消化器系から循環器系から、あらゆる体内器官をサボタージュに追い込んでくれる割と性質の悪い鬱状態なので、本気で何も出来なくなる。寝たきりだ。いや、それでも寝れるならいい、そこで「眠いのに寝れない」が発動すると、ほんともう、誰か殺してくれと思うことすらある。

暗い話から始めてしまった。
ほんとは明るい内容の動画の話なのに。

今から7年前、浦添で転職したばかりの頃、自分は当時珍しく元気で、このままなら普通の人と同じ人生歩けるとか思い込んでた頃。
物理学科の同級生で今は福岡にいるTN君が、結婚することになった。
しかし割と急だったので、沖縄にいる連中は殆どがいけない。そこで、TN君と同じN研究室出身で、TN君の人生のライバルであるNT君が、色紙にみんなのお祝いメッセージを集めるため、沖縄本島北部の辺土名高校(当時のNT君の勤務先)から南部のニライカナイ橋(この辺には同級生住んでないんだが…)を経て那覇空港から福岡空港を経て結婚式場に辿り着く、というとりあえず感動しとけ系の動画である。

ほんとはもっと前にアップしたくて、NT君以外の出演者全員の了解は取れたんだけど、主役のNT君がクビを縦に振らなかったので、お蔵入りになってしまった。

今回、ほんのちょっとした気まぐれで、事後承諾という形でアップすることにした。…よく考えたらこれ、BGMも許諾とらんといかんはずだが…まあ文句言われたらその時に対応しよう。

 ちなみにこれ撮影しているとき、ちょうど沖縄県は、現地では国政選挙より重要という沖縄県知事選挙のまっただ中だった。大田革新県政の副知事だった仲井眞弘多と、大田革新県政与党の中心的存在だった沖縄社会大衆党委員長の糸数慶子の、大激戦がくり広げられていた。
 そんな中我々は、読谷村役場だの沖縄電力本社だの普天間基地の目の前にあるキンタコだの、そんなところをうろついて怪しい行動を繰り返していたのだ。ちょうどニライカナイ橋で撮影を始めた頃、一台の沖縄県警のパトカーがやってきて、我々と少し距離を置く形で停車して、中から我々を監視し始めた。
 ちなみにこの時のNT君の姿は、動画の通り空手着に日の丸はちまきという、どう見ても一般人を超越していた姿をしていた。沖縄にはこんな恰好でうろついている奴なんざぁ、いない。否、本土にだっていない、たぶん。少なくとも愛知県と福岡県にはいなかった。

そんな苦労もあって作成された動画なのである。このままお蔵入りというのも勿体ないと思い、また既に沖縄県外に移住した人は殆どが見ていないと思われる為、今回UPすることにした。

うお、以外と文章長くなっちまった…。一言程度で済ますつもりだったのに…。

 しっかしまあ、この頃は元気あったなあ…。あのときの元気の100分の1でも、欲しいわ…。

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15年目の約束~時の濁流に泳ぐ魚


 結論から言ってしまうと、二人しか集まりませんでした。
 昨日の「15年目の約束」の、結果です。
 寝過ごして11時過ぎに目が覚める。集まる日が万博開幕日、と聞いていただけで、具体的な時間までは聞いていなかったので、万全を期して朝から張り込んでおくつもりだったのだ。目覚ましを止めたところまでは記憶にあるのだが、それから再び起きるまでの記憶が、何故か無い。不思議なこともあるものだ。
 慌てて着替えて、徒歩で中学校に向かう。家は学区のほぼ北端に位置し、中学校までは約2Km。うち半分は登り坂になる。なので、着く頃には息切れしていた。15年前は、毎日この道を歩いていたわけだ。そう、入学したての頃も息切れして、教室でぶっ倒れていた記憶がある。
 陶芸部の活動場所は校内のはずれにある窯業室であった。が、そこに行く前に先ず職員室に行く。
 最近学校に侵入する不審者が多いとのことなので、そういうのに間違われないように予め断りをいれておく。行ってみたら、15年前からずっとそこにいる先生がいた。しかもその人は、自分が小学生の頃にはその小学校にいた筈だ。
 余談だが。小学校にいる頃、その先生が全校集会で忘れ物とおぼしき傘を掲げて、この傘は誰のものかと叫んだ。誰も名乗りでないので、彼は言った。
「いないのか? 誰の物でもないのか? だったらこの傘かわいいから、先生の恋人にあげちゃうぞ。」
 1年後。彼は職場結婚した。
 そんな要らん話をわざわざすると校外に追い出されてしまうかもしれないので。そういう話はせず、ただ「卒業生が窯業室前で集まることになっているので待たせて貰っていいか」とだけ話し、許可を得た。
 向かう途中で、ジャージ姿の女子中学生の集団に遭遇。中学校なのだから中学生がいるのは当たり前なのだが。唐突に「こんにちは」と挨拶され、おもわず「ちわ」と中途半端に返してしまう。おそらくは人にあったら挨拶しろと教えられているのだろうが。しかし、自分らのことはそんなこと教えられたって絶対言うこときかないような所があったような気がする。最近の中学生は、意外と出来がよいのかもしれない。
 窯業室には誰もいなかった。卒業生も、在校生も。現在の陶芸部員の活動でもついでに見れればと思ったが、いないのでは見ようもない。そもそも、部が存続しているかどうかすら怪しい。自分らがいた頃にはもう既に、存亡の危機にさらされていた部だったから。
 その辺の話は、昔書いた桜落葉陶芸部という小説を参照されたし。ただし、これこそ本当に脚色が施されたものである。て言うか、そう言っとかないと関係者が見たら怒る。
 部屋の前で本を読みながら待っていたら、中学生男子がやってきた。前述のように中学校なのだから中学生がいるのは当たり前なのだが、しかし教員でもないむさい男がいるのは当たり前ではない。彼は「あっ」と声を出し、忍び足でその場をゆっくり離れて行った。そして角を曲がったところで一気に走り去っていく音が聞こえた。職員室に通報でもしに行ったのかもしれない。
 予め断っておいて正解だった。
 13時前。誰も来ない。日本全国が低気圧に覆われ、真冬並みの気温といわれた日である。風が吹いて非常に寒い。
 そろそろ撤収時刻を検討しなければならないなと思いつつ、ふと、あらかじめ電話なりで関係者に連絡をつけておけば、こんな当てもなく待ちぼうけることは無かったのではないかということに気づく。
 気づいた時にはもう遅い。電話番号は調べなければわからないし、電話帳のあるところに移動すれば、すれ違いになってしまうリスクもあったからだ。「私はここにいる」と書いた張り紙でもしておこうかとも思ったが、紙もペンも持っていなかったし、そもそも無関係の中学生が見たら、変な学校伝説の要因ともなってしまいかねない。私はもう、これ以上伝説になるのはごめんだ。
 それから約15分後。ようやく、一人の男が現れた。何となく見覚えはあるのだが、しかし全然関係ない人間かもしれない。お互い牽制し合うかのように無言で1分ほど立ちつくした後に、名を名乗りあってようやく、待ち望んでいた関係者であったことが判明した。
 ちなみに彼は、前述の「桜落葉陶芸部」でBのモデルとなった男である。
 しばらく二人で話しながらその場で待機していた。
 彼は東京で汎用機系のシステムの仕事をしていて、月労働時間が300時間あるのに残業代が出なくて月の手取りが18万しかないと言っていた。とりあえず転職を勧めておいた。というか、彼はこの日のために、就職して以来初めての有給休暇を取り、わざわざ東京からやってきたのである。凄い話だ。
 14時過ぎ。それ以上待ってももう来ないと判断し、撤収。とりあえず二人で近所の喫茶店に移り、「二人しか集まらなかった」というこの事態の検証に入る。結果、「15年という時間を掛けた、壮大な『釣り』だった」という結論で合意した。
 まあしかし。例え本当にそうだったとしても、別に悪い気はしない。これによって手に入れた15年の時の重み。これは、釣られたものにしか手に入れることが出来ないものなのだから。
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