八重山旅行記」カテゴリーアーカイブ

空と海との間には


 羽田空港の新規発着枠配分が、ANAに傾斜配分されることになった。
(参考:asahi.com http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201310020822.html?ref=reca
 政治的措置による優遇を受けて経営再建したJALにこのうえ政治的利益を与えるのはアンフェアである、という理由からとの事。
 一部報道によると、今回の決定は民主党政権下で支援を受けたJALに対し現在の自民党政権は敵意を持っており、対抗するANAに下駄を履かせる決定をした結果らしい。これからANA=自民vs JAL=民主の対立構図になっていく、という分析がなされていた。

 それが事実かどうかはいざ知らず。この話を聞いて、思い出した話がある。手元に資料が無いので、事実とは相違点があるかも知れない。

 沖縄がまだ米軍支配下にあった頃の話である。当時の沖縄には民主党・社大党・人民党という三大政党があった。特に先島地区では人民党は非常に弱かったので、実質民主党と社大党の2大政党制になっていた。
 民主党といっても現在の民主党とは別物である。その後沖縄自由民主党となり、現在の自民党沖縄県連に連なる政党である。一方の社大党は現在も存続しており、参議院に1議席を有する他沖縄の地方議会に根強く勢力を残している。人民党は復帰後暫くしてから日本共産党と対等合併した。

 さて。先島地区では民主党と社大党の2大政党が争っていたわけであるが、本島以上に両党の対立は深刻だったらしい。親類同士であっても口をききたくないぐらい、お互いを嫌っていたようだ。
 その当時、石垣島だったか与那国島だったか波照間島だったか記憶が定かで無いが、ある島への航路を運航する船会社が2つあった。どちらの会社も特にどの政治勢力を支持しているということは無く、初めは民主党支持者も社大党支持者もどちらということも無く船に乗っていた。が、狭い船の中で対立陣営と顔を合わせたりしたくないということで、だんだん民主党支持者の乗る船と社大党支持者の乗る船が分かれていったらしい。乗客が一色に染まってしまえば船長もだんだん染められていくもので、復帰直前には民主党船と社大党船が海の上で競争するような事態になっていたのだそうだ。
 まあ、ドンパチやっていたわけでは無いから、平和といえば平和である。

 さて。話は戻るが、JALとANAである。どっちも、現時点では特にどの政党の系列ということはないのだが、周りが「ANAは自民、JALは民主!」とか叫んでたら、そのうち機長が染められて空の上で競争…とはさすがにならないだろうが、利用客は染められてしまうかもしれない。え、じゃあ共産党支持者はどっちに乗ればいいの? 飛行機なんか乗らずに歩け? 沖縄は徒歩じゃ行けねーよ。

 ちなみに沖縄では、沖縄自民最大の支援者である国場グループがJALの総代理店を引き受けている関係で、企業関係者はJALの利用が多いらしい。逆に(革新支持者が多い)公務員や教員はANAの利用者が多いようだ。
 で、JALを主に使う人はJALと提携しているWAONを持つし、ANAを使う人はANAと提携しているedyを持つようになるわけだが、ここで察しのいい人は気づいたと思うが、WAONというのはイオンの電子マネーである。ちなみに県庁前にあるりうぼうというデパートとそのグループはedyを積極的に推進している。県内のファミリーマートもここが経営しているのだが、昔から県内で発行されていない読売新聞をわざわざ店頭に置くくらい、保守寄りの会社である。しかしそのファミリーマートは、今でこそ伊藤忠の系列だが元々は西武流通グループが設立したコンビニチェーンであり、西武流通グループを立ち上げた堤清二氏は元は共産党の活動家だった人である。ああ、ややこしいなもう!

 真実は主観に過ぎない、と。きっとそういうこと。
 だからこそ、ANAを設立した朝日新聞の論説には価値があるのである。

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八重山旅行記_4日目~5日目


4日目
<9時半・石垣>
 今日は与那国まで行く予定。海底遺跡の半潜水艇の予約を入れたら、今日は風が強いので出航は難しいかもしれないと言われた。まあ、仕方ない。
 とりあえず10時半までに空港に着けばいいので、1時間弱時間がある。どうしよう。カツオ以外のみやげ品を物色するか。
<10:10石垣空港>
土産物屋はまだ空いていなかったので、そのままバスで空港へ。
着いたら、もう搭乗開始直前だった。時間を30分間違えていた。危なかった。
<11時与那国着>
 与那国島は晴れ。飛行機の窓から台湾まで見えたらしいが、通路側座席だったので自分は見れなかった。まあ、後で最西端まで行ったときに見よう。
 与那国-花蓮直行チャーター便実現!なんてポスターが貼られている。
 海底遺跡の船は出航することになった。11時半まで空港で待機。
与那国空港
※補足 与那国島からちょうど真西に行ったあたりにあるのが宜蘭で、その南に花蓮があるようだ。民進党の強い地域らしく、だからこそ与那国直行チャーター便なんてのも実現できたのだろう。
<11:48港着>
マイクロバスで船乗り場へ。これから乗船。人数は20名ほど。結構いる。
海底遺跡半潜水船
<13:11与那国沖海上>
海底遺跡は、波が荒くて水が泡立ってしまって、なんだかよく見えなかった。言われてよく見れば何となくそんな感じのものが見えるという具合。
それよりも、途中ので見えた奇岩の方がむしろ気になった。
帰り、少し船酔いした感じがする。正直乗り物酔いしたのは初めてだ。
※補足 途中で見えた奇岩は、立神岩というらしい。
立神岩
<13:58与那国空港>
 空港まで戻ったが、タクシーもなにもない。しばしどうしようかと呆然。海底遺跡船で一緒だったわりと自分好みのお姉さまがいて、やはりどうしようかと悩んでいるご様子。声をかけようかとも思ったが、しかしそれではまるでナンパではないか誇り高きオタクの中でも一際高潔な一族である我ら鍵っ子の矜持にかけてそのような破廉恥な真似は出来ないと、思いとどまる。
 そのうちレンタカー会社の人が来たので、1時間あまりしかなかったが車借りることにする。
<14時半頃日本最西端>
 道がわからず、途中2回も引き返した。牧場付近では、与那国馬の集団が道を塞いでいた。
 ようやく日本最西端まで到着。2008年6月の段階で、日本国内で最も戦争に近かった場所だ。最も、そんな空気はこの島のどこからも感じられはしないが。
 よく晴れているが、どこを見渡しても台湾らしきものは見あたらない。代わりに先ほどのお姉様の姿が。だが特に声をかけるわけでもなくお姉さまがいなくなるまでひたすら写真を撮る。十分な時間を見計らって駐車場に戻ると、ちょうど車が出ていくところだった。
 あまり時間がないので、後一カ所だけ行って空港に戻ることにする。どこにするか迷ったが、ここはあえてDrコトーとかではなく、アヤミハビル館に行く事に決めた。
 車を走らせていたら前の車に追いついてしまう。たぶん、さっきのお姉さまの車だ。これではまるでストーカーではないかと傍らに広がる大海原のごとくブルーになったが、途中でお姉さま車が左折したのをいいことにそのまま直進して、回避。
 そして道に迷った。
 さんざん走り回った後、ようやくアヤミハビル館に着いた。
道をふさぐ与那国馬
 道をふさぐ与那国馬
日本最西端
 日本最西端碑
西崎灯台
 西崎灯台
久部良漁港
 西崎から久部良漁港を望む
与那国沖
 台湾の島影は遂に見ることが出来なかった。
※補足 6月に尖閣諸島沖で海上保安庁の船と台湾の漁船が衝突した問題で、6/18に台湾の馬英九 総統(国民党)が「日本との開戦も辞さない」という言語道断の発言をしている。
 一応収束した問題だが、この件に関しては書きたいことがいっぱいあるので、後日改めて別の文書にまとめようと思う。
<15:08綾にはバル館>
最西端
レンタカーで少し迷った後、ようやくアヤミハバル館に着いた。30分ぐらいしか時間がない。
<15:36与那国空港>
搭乗締め切りぎりぎりに、何とか空港まで着けた。レンタカーのガソリン代は573円。何Lでこの値段かがわからない。
<16:37石垣空港着>
そういえば今日はまだ食事をしていないことに気づいた。予定ではこの後IS君他への土産物を選ぶ予定だが、先に飯を食おうか。しかし今食うと夕飯までとっても中途半端な時間になる。どうしよう。
バスが来たので、とりあえずターミナルまで行ってから考えることにする。
<17:23石垣バスターミナル>
とりあえずサンエーに行って石垣産米を買ってくることにした。離島桟橋の土産物品店でも売っていたのだから、間違いなく石垣土産だ。
これなら腐らない。
<19:19宿>
 日本で一番最初の新米である石垣産ひとめぼれ5Kgと、マンゴーカステラを買ってきた。どちらにするかは、HT君とIS君で話し合ってもらおう。
 あと、まあじゅんのチーズ工房というところに行きたいのだが、20時までなので一休みしたら行かなければ。
 結局飯は食ってない。どこにしよう。
石垣土産
<21:36宿>
 今日の夕食は、石垣菜海というところでイカスミチャーハンなど。3品も頼んだのでちょっと食いすぎ感。
 明日の飛行機の時間が8:30だが、空港行きのバスが始発に乗っても8:15にしか着かないことが判明。7:30発の白保行に乗って空港入口から歩くか、タクシーを使うか。タクシーも、こんな朝につかまらない気もするが。
<22:02宿>
窓の外を見ていたら、宿のすぐ隣がタクシーの営業所だということにきづいた。何ら問題なし。
荷物の片づけが進まない。というより気乗りしない。
5日目
<7:11宿>
どういうわけか4時ぐらいに目が覚めて眠れなくなってしまったので、「狼と香辛料」を読んでいた。
7:30にGS君が見送りついでに車を出してくれることになった。石垣滞在も後1時間強。結構充実した旅だったと思う。
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八重山旅行記_3日目


<Re:石垣>
 昨日はもう寝かかってると子にメール来たから無視しかけたぞと。まあこの時間もちと早いのだが。今日は朝から西表行くので。
 まあ、常識に従えば平日は無理だろうねえ。でも朝電話して「今日調子悪いので休ませてください」で、空港直行して石垣。どうせだから一泊して翌日は午後出社とか。
 自分も、二月に失恋したときは、やったぞ。日帰り下地島だったけど。まあ、電話受ける側の心証は、石橋さんにでも訊いて。
 それはおいといて、金曜か土曜の夜に時間取れるなら少し語る時間をとろう。ついでにおみやげも渡すよ。カツオの切り身でいいか?なんか安いから
※補足 昨晩来たIS君のメールへの返信である。HT君にもccしている。
<8時石垣港離島桟橋>
やまねこツアーの窓口で、ツアーの手続き。出航は9時から。予想外に時間が空いてしまった。
少し港でもぶらぶらしてくるか。
<8:50上原行船乗船>
時間が早くて外の店も閉まっていたし、結局港をうろついても無駄に暑いだけなので、ターミナルの中で石垣島ジェラートを食べながら「反貧困」を読んでいた。いろいろと考えさせられる。
9時に出航。
<10時上原港着>
そのままツアーのバスで浦内川遊覧船乗り場へ。
眠い。
遊覧船乗り場到着。折角持ってきた飲み物をバスの中に忘れる。しょうがないから乗り場で買った。水が1本150円。高い・・・。
10:35船着き場着。ここから滝まで、歩いて45分。
11:20カンビレーの滝着。マリュドュウの滝はいつの間にか通過してしまっていたらしい。ついた直後に、
前方を歩いていた女子大生とおぼしき集団に写真を撮るよう頼まれる。ついでに自分も撮ってもらった。船の出発まで1時間。少し休んでから戻ろう。
11:50展望台着。マリユドウの滝への道は閉鎖されていた。代わりに展望台からマリユドウの滝を望む。望遠レンズがないのが惜しいところだ。
船の出発まであと40分。10分ほど休憩してから再出発しよう。
浦内川その1
浦内川その2
浦内川その3
 以上、浦内川。沖縄本島ではあり得ない広さ。
カンビレーの滝
 カンビレーの滝。平たい滝だ。聖地らしい。
マリユドの滝入り口
マリユドの滝
 マリユドの滝は展望台からしかみれなかった。滝壺に落ちた人がいて閉鎖されたらしい。
<12:17船着き場着>
帰り道は行の倍きつかった。
着いたはいいが、船がまだ来ていない。木陰でしばし休憩しつつ、IS君へのメール文面をあらかじめ打っておくことにする。
<13:11バス乗車>
疲れた・・・この後食事らしい。
ここはまだPHSが繋がらないのでIS君にメールが送信できない。
道行く途中いくつか、リゾートホテル建設反対の立て看がたっていた。どうせ、地元とろくに話し合いもせず西表に合わないような東京思考のホテルでも建てようとしてるんだろう。困ったものだ。
13:15食事会場。時間がないから30分で食えとか言われる。そんな。飯ぐらいゆっくり食わせい。
14時星砂の浜着。もう疲れていて正直動きたくない気分だったが、まあ折角なので降りてみる。
さっきの山道歩きでズボンが汚れていたので靴も脱がずに海に入ってみる。水がとても温かい。
14:20星砂の浜発。次は温泉。やっとゆっくり出来る。
上原集落のあたりから、ようやくPHSの電波が入るようになった。
星砂の浜
青い魚がいた
<14:50西表島温泉着>
 日本最南端の温泉、西表島温泉に到着。乗っていたバスは2種類のコースの混乗で、ここから西表島温泉に行く人と由宇島に行く人に分かれるのだが。
 バスから降りたのは自分一人だった。温泉、人気無いのか・・・?
 温泉は、普通の内湯と露天、それに男女共用の露天が4つもあり(水着を着る)、特に共通露天は傍らに小川が流れその周りは全部森林という、最高の環境であった。
 まだ出来たばかりの新築で、客もあまりおらず、殆どの浴槽を独占状態。とても贅沢な1時間を過ごせた。
 湯温は本来33度だが、沸かして41度にしてある、とあった。しかし、湯温よりも露天風呂を囲っている石だとか途中まで行く道の方が遙かに熱い。要するに炎天下にさらされてた石が遠赤外線効果で必要以上に熱くなってしまっているという事なのだろう。さすが、最南端の温泉故の現象である。
 大変に満足して、16:10迎えのバスに乗車。大原港に向かう。
<16:40上原港>
バスに乗って10数分したら、突如西表島交通の本社で降ろされてしまった。どうやら、違うバスに乗せられたらしい。
事務所で呆然と待つこと数分。「港まで送ります」というので、バンへ。上原港に着いて、「本当は大原港から乗る切符だけど、上原港から帰れるよう手配した」とのこと。この辺の対応は意外と素早い。この手際の良さは、本土観光客を何万人も裁いてきた実績故か。
17時発の石垣行きにて帰途につく。
<18時石垣港>
 離島桟橋前のジェラート屋で、もずくビネガーと石垣マンゴーのダブルを頼む。どっちも売り切れと言われる。仕方ないので、ハイビスカスと泡盛のダブルにした。
 HT君とIS君からメール。おみやげは土曜日に渡すことに。カツオはHT君に拒否られたので却下。IS君からはこの件に関して反応なし。
 この日の夕食は、ひらのやという日本蕎麦屋で、本邦初というゴーヤそば。まあ、まずくはなかったが、蕎麦好きとしては蕎麦を食べているという感覚はあまりなかった。
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八重山旅行記_2日目


 2日目。目が覚めたら10時半だった。当然、昨晩計画していたツアーには全く間に合わない。それどころか、大半のツアーがもう出発後だろう。
 初っぱなからいきなり計画が狂ってしまった。
 とはいえ何もしないのも時間がもったいないので、とりあえず離島桟橋まで行ってみる。
 ここから先は、PHSから随時自分のアドレス宛に送ったメモメールを適宜補足する形で掲載していく。
<11:00竹富発>
 8:30のツアーを申し込むはずだったのに、気がついたら10:30だった。
 呆然とするも、宿にいても仕方ないので、とりあえず港とバスターミナルのある方角まで行ってみる。
 離島桟橋のターミナル内にある観光センターで訊いたら、竹富島行のツアーならあるとのこと。竹富島はなんか石垣観光としては当たり前すぎる感がしてきのりしなかったが、この際仕方ない。そもそも、そんな当たり前がいやならツアーなど申し込むべきではないのだ。そもそもの予定では、波照間行の切符だけ買って自力で有人最南端にたどり着くはずだったのだから。
 11:00に出航。船の揺れが心地いい。
<11:15竹富島着>
すぐにグラスボートに乗る
7人しかいない。
竹富島グラスボート
<12:45竹富島>
水牛車観光待ち。
12時すぎていたので大親友のIS君にメール送ろうかと思う。
ついでにいうとPHSのバッテリーが少なくなってる。
水牛車
<13:33竹富港>
13:45には出航する。
14時にはは石垣に着いてしまう。かなり時間が空く。どうしよう。
波照間まで行って戻ってこれるか?
<14:13登野城>
 波照間行は、行って戻って来れないこともなかったが、15分しか滞在時間がとれなかったため、断念。
 とりあえず730交差点にある八重山そばの店で昼食。紅芋麺八重山そば。GS君には800円以上の昼食をとるよういわれたが、750えんだった。すまん。
 ていうか、器でかっ
八重山そば紅芋麺
※補足 この器は愛知県常滑産らしい。
<15:00石垣BT>
石垣BTで全島フリーパスを買い、そのまま白保行きのバスに乗車。とりあえず白保まで行って、その後半島先端の平野まで行く予定。
白保行きバス
<白保>
15:30白保着。
とりあえず16:10の平野行きまで40分あるので、白保の海でも見てこようと思う。
<16:11白保発>
 白保バス停から徒歩6分ほどで、白保海岸に着いた。なにもない海岸だったが、白保の海は美しかった。とりあえず靴脱いで足だけ海に浸かってみた。
 案内看板によると、ここには昔旧日本軍の飛行場があったらしい。なるほどそれで新石垣空港もここに作ろうという話が出たのかもしれないが、。
 こんな美しい海を埋め立てて空港を作ろうなんて、そりゃ犯罪レベルだ。
白保海岸
※補足 前述の通り石垣空港は規模が小さく滑走路も短いため、大型ジェット機の就航が出来ない。その為、現空港に変わって新しい空港を作ろうという計画が20年以上前からあった。当初、その予定地に選定されていたのがこの白保海岸沖合であったが、その沖合にアオサンゴの群生地があるなどの理由から地元やWWFなどの猛烈な反対運動が起き、大田革新県政時にいったん白保案が取り下げられ仕切直しとなった。その後、紆余曲折を経て白保より数Km 北にあるカラ岳陸上への建設案が正式決定され、現在工事が進められている。
参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E7%9F%B3%E5%9E%A3%E7%A9%BA%E6%B8%AF
<17:13平野>
 17時過ぎに平野バス停着。ここから平久保崎灯台まで歩いていくつもりだったが、最終バスが17:20と、どう考えても間に合わない。タクシーを呼べるような場所でもないので、しょうがないからこのままここで引き返す。
 て言うかなんか天気雨降ってるし。ここからじゃ海も見えないし。またPHSのバッテリー警告が出だしたし。
平野バス停
 この後、帰途の途中でサンエーの石垣シティに寄る。石垣牛ハンバーグでも売っていればと思ったが、それはなかった。代わりに鰹が超安かった。切り身が280円とか。
<「この石垣牛は偽物だ。食べられないよ」>
 ふと思い出したのだが、たつひでの理想のタイプは栗田さんだと学生時代に聞いた記憶がある
 それはいいとして、今日の夕食は豪勢なものにしてみた。石垣港の近くの月桃庵というところで、石垣牛ステーキコース9000円。
 一口食べただけでお腹いっぱいになってしまうくらいうまかったです。(もちろん、残さず食べましたけどね)
 どうです士郎さん、これだったら文句はないでしょう。
 まあ、敢えて言うならば、塩味がきつすぎて素材の味が殺されてしまっているところがあったことかな。見るからに若手のシェフがついたのが敗因か。
※補足 この日の夕食は、前日GS 君に言われたとおり、豪勢に行くことにして、石垣牛を食ってみることにした。GS君は、名前が「士郎」というだけあって、食に対して決して妥協はしてくれない人だからだ。
 本当は、3000円という値段をフリーペーパーで見てこの店に決めたのだが、3000円というのはNZ産牛肉の値段であって、石垣牛は9000円からとよそより高かったのだが、店に入ってしまったのでしょうが無いからここに決めたという経緯がある。
石垣牛サーロインステーキ
<Re: すげー>
これでもう、明日から100円マックでもいいよね
※補足 GS君から「あなたの凄さに感服」というメールが来たことへの返信。
 疲れたのでこの日は速攻で寝た。IS君からメールが来たが、返信は翌朝にすることにする。
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八重山旅行記_1日目


 AN君からメールが来たのは、出発の数時間前だった。自分からのメールだと気づかなかったらしい。しかも、メール送信時点で那覇にいるとかある。さらには、同じ大学の同級生のGS君も4月から石垣に赴任しているとのこと。夜3人で飲む機会を設けたいが、AN君はその日先約があるため難しいという話。とりあえず自分が石垣空港に着いたら迎えに来てくれるので、そのとき話そうという事に。
 石垣行きの飛行機は、なぜか出発が大幅に遅れる。今回も含めて旅行中はとにかく本もたくさん読もうと思い、まずは機内で岩波新書の反貧困を読み始める。
 石垣空港は、小さな空港だった。なにより、一般的な日本の空港にある、ターミナルビルから飛行機に直結する移動廊下(あれ、なんて言うんだろう?)が、無い。全便、昔ながらのタラップから駐機場の路上に直接降りてバスまたは徒歩でターミナルビルに向かう。
 空港には既にAN君が来ていた。なにげに顔を合わすのは、2年ぶりくらいだ。近況などを話しながら、宿のある石垣市街地登野城地区へと向かう。
AN君「宿は、どこ取った?」
草途伸「えっとねー。地図見ればわかるんだけど。あー、このチサンリゾートの」
AN君「チサンリゾート!いいとことったな」
草途伸「の横の、なんか名前忘れたけど素泊まりの宿。」
AN君「・・・。」
草途伸「場所は覚えてあるから、行けばわかると思う。」
 車を走らすこと10数分。港の近くの登野城地区に着く。AN君、入るべき道を一生懸命探す。そしてそれらしき道に入ると、宿の看板があった。
宿すとりーと
 扉を見ると、「まず携帯に連絡しろ」とかある。
宿すとりーとドア
 電話したら、今出かけているのでとりあえず中に入ってくれ部屋は302号室だと言われたので、とりあえず荷物を下ろして中に入っていく。
宿すとりーと部屋内部
 ここは、楽天トラベルで1泊2000円ネット付きという文句に惹かれて思わず予約してしまった「宿すとりーと」というところなのだが、なるほど2000円の宿というだけある。ちなみにクーラーは有料、冷蔵庫や電子レンジは共用だ。ネットは、LANコネクタらしきものが見つからない。どうやら部屋で使えるわけではないようだ。これはかなり誤算。
 後日石垣市内を散策したら、この手の1500~2000円クラスの安宿は石垣市内にたくさんあるようで、中には朝食(と言ってもトーストとコーヒーだけのようだが)までつくところもあるらしい。まあ、沖縄本島にも数年前からこのくらいの値段の宿はいくつか増え始めていたが、だいたい部屋が個室ではなく共用で、このくらいの値段だったはず。そう考えるとここは個室なので、本島よりは割安という事になる。
 いったん荷物を置いてAN君の車に戻る。AN君はその日用事があったが、GS君の勤め先が定時制で夜は10時くらいまで仕事な為、時間が取れるのは日曜日のこの日ぐらいなので、AN君が予定を変更して時間をとってくれるとのこと。感謝。
 19時半くらいに待ち合わせの約束をして、いったん解散。近所を見て回るがてら、必要な物品を買ってこようと外に出る。離島桟橋とバスターミナルの位置を確認後、730交差点にあるコンビニで飲み物を仕入れる。(ちなみにこの730とは、沖縄が米軍支配下にあった当時車が右側通行だったのが、解放後日本国内の法に合わせて左側通行に変更された1978年7月30日のことと思われる。)
 せっかくなので地元産の飲み物を買ってみようと思い、こんなのを買ってみた。
ゲンキクール
 19時半になって、AN君が夫婦でタクシーで迎えに来る。飲む気満々だ。既に名前は忘れてしまったがタクシーで5分ほどの居酒屋まで行く。AN君の教え子がバイトしている店らしい。
 ちなみにGS君は、これまたその日法事があったとかで那覇におり、20時半過ぎになるとのこと。何でこの日に限ってみんな那覇に。GS君が来るまで3人で話しながら飲み食い。イカキムチがうまい。AN君の嫁のYさん(35歳)が友達を紹介してくれるとかいう話に内心超期待してみたりする。
 21時頃にGS君が来る。元気そうだ。去年までは人間関係とか何やらでちょっと人間不信入っていてかなりやばい感じがした彼だったので、少し安心した。
 GS君が来た後は、なぜか荒野草途伸の大親友であるIS君の話題で盛り上がる。何故大親友なのに旅行に来ることすら話さなかったのかと言われ、とりあえず、メールだけ打っておく。その後もひたすらIS君談義。彼もまさか、400Kmも離れた海の向こうの島で自分が酒の肴にされているとは思わなかったろう。
 あと、2000円の宿を取ったことに文句を言われた。金稼いでんだからもっといい宿に泊まれよという、そういう説教をされた。隣にあるチサンリゾートとの落差があまりに大きすぎたらしい。
 GS君から、「宿はもういいから、メシに金をかけろ。明日から、朝は100円マックでもいいから、昼は800円以上の八重山そばを食べなさい。夜は3000円以上のメシを食いなさい」と言われた。まあ、確かにせっかく来たのだから、地元のうまいものを食っておくに越したことはないので、これには素直に頷いておく。
 23時頃に居酒屋を出て、宿まで歩いて見送り。「素泊まり」の看板を見てGS君、改めて先ほどの言葉を繰り返す。
 そして解散。
 もらったフリーペーパーを見ながら、明日はどこへ行こうかと思案。その中に、波照間経由で西表東部へ行くツアーの広告があったので、波照間行きはいったん中止にしたがこれにしてみるかと、8時起きして観光会社まで行ってみることにする。
 眠くなるまで本を読んで、就寝。
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八重山旅行記_序章


 そもそもの事の発端は、そうだな、どこまで遡ればよいのだろう。2/24の記事あたりにまでなるか。
 とにかく、このあたりからプライベートが最悪な状態で、それでも仕事には何とか影響させまいとがんばっていたのだが、かといってそんなに仕事が楽しいわけでもなくむしろいろんな方面から振り回されるような状況でストレスは増大していく一方で、当時の自分のメール発言とか見るともう本当に汗顔の至りというような状態ではあった。
 そういう状況を打開したくて、敢えて東京への長期出張に手を挙げてはみたものの、東京都心での生活は想像以上に過酷で、却って体調を悪化させてしまう結果となった。そもそも自分は、銀座で待ち合わせしてるだけで気分が悪くなってしまうような人間なので、そうなることは自明の理だったのかもしれない。
 それでも何とか辛うじて仕事はこなせていると自分では思っていたのだが。実はもう周りから見るとそうではなかったらしく、遂に上司から長い休みを取ったらどうかと言われてしまい、医者の診断書をもらったら2ヶ月の休養を要すとなってしまった。
 そんなわけで、実は先週から休職に入っているわけです。
 休んでみると確かに自分が正常な状態でないことがだんだん解ってくるわけで、まず集中力がない。持久力がない。些細な待ち状態が我慢ならない。そんな有様で、最初の数日はとにかく睡眠薬を飲んで自分を強制的にシャットダウンするのが精一杯だったわけだが、何日かすると幾分心のゆとりも出てきて、そんな折にボーナスの支給(6月までは一応出勤はしていたので、それなりの金額は出た)+保有株の配当・優待ラッシュの時期がやってきて、せっかくの休みなのだからこの時間とカネを有効に使おうという気にもなってきた。
 とりあえず、ボーナスで拘束されているのは車のローン10万円だけで、ぶっちゃけ残りは全額使える状態。加えて、JALとANAの株主優待券。あと、ANAの今年いっぱいが期限のマイルが11500マイル。旅行に行きなさいとでも言わんばかりのアイテム群だ。
 そこでとりあえず、日本の東西南北すべての端を回ってみようと思った。
 最北端は宗谷岬、最東端は納沙布岬、最南端は波照間島、最西端は与那国島。要するに八重山諸島と北海道に行けば全部回れる。ので、八重山と北海道に行く計画を立てた。
 ANAのマイル使用条件を調べてみると、6月中なら11000マイルで石垣まで行けることが解った。この時点で、6/25。マイル使用の申込期限は4日前なので、ぎりぎりだ。今すぐ計画を立てて飛行機の予約を取らなければならない。ということで、石垣島から波照間島・与那国島に行くことを考慮して6/29から4泊5日の計画をざっと立て、まずは石垣行きの往復の飛行機を押さえた。
 これを押さえてから、翌日以降具体的な細かい旅行プランを練っていたのだが、それを考えている内にふと、日本の最南端は波照間島ではないことに気づいた。波照間島は確かに有人島では最南端だが、日本国の領土としての最南端は、沖ノ鳥島である。ついでにいうと最東端は南鳥島だ。そしてこの2島に、一般人が上陸するのは不可能だ。
 そう考えると波照間島に行く意味というのはあまり無くなってくる。とはいえ、与那国島が最西端であることには変わりないし、あそこは今自分の中で割とホットな場所だ(後述)。ちなみに今石垣には、大学の同級生で教員をやっているAN君が赴任している。旅行ついでに彼に会いに行ってもいいだろう。
 そんなわけで、以下のようなプランを立ててみた。
6/29
15:25 那覇
16:20 石垣
石垣泊
6/30
石垣島巡り
石垣泊
7/1
西表島(ツアー)
石垣泊
7/2
10:25 石垣
10:55 与那国
与那国観光
15:55 与那国
16:25 石垣
石垣泊
7/3
8:30 石垣
9:20 那覇
 最終日が早朝なのは、午後便が既に満席だったのと、午前の後続便にしたところでどうせ宿で寝てるだけなのでそれならばさっさと家に帰った方が良いという考えからである。
 一応、この計画に従って行動することにし、AN君に29日に石垣に行く旨メールを打った。
 
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