21世紀の魔女裁判


 沖縄県知事選やら総選挙やらの連戦の総括もまだ終わっていないのだが、ちょっとこれだけは年内に書いておきたかったので、先に書く。
 殆どの日本人が(間違った方向で)知っていると思われる「STAP細胞」の一件である。

 論文っぽく結論から先に記すと。

 この一件で、「細胞にストレスを与えることによる万能性の有無の研究」そのものが、今後は禁忌とされてしまうのでは無いか。そういう危惧を抱いている。

 論点は以下の通りである。

1.研究成果には目もくれず、人間性という美辞麗句の元ひたすら人権侵害を繰り返してきた第4権力
2.科学的検証の必要性を全く無視して平然と政治介入を行う政治家
3.科学者を標榜しつつ学閥と権威を守る為の権力闘争に終始する生物学界の腐敗
4.これらを全く理解しようとせず権威に盲従するだけの日本国民

 順を追って論じていく。


1.研究成果には目もくれず、人間性という美辞麗句の元ひたすら人権侵害を繰り返してきた第4権力


 第4権力とは、政治学の用語で「立法」「行政」「司法」という、法に裏付けられた権力とは別に、マスコミュニケーションがこれらを監視する勢力として位置づけられることから「第4の権力」として定義できる、という発想から名付けられた言葉である。
 近年のネット用語で言えば、「マスゴミ」という言い方の方が一般的かもしれない。

 この「マスゴミ」という言葉に象徴されるように、第4権力の腐敗ぶりは目に余るものになっている。
 つい今週にも、週刊文春がカップ焼きそばの「ペヤング」の虫混入事件を告発した学生(無名の一般人である)を晒し者にして販売部数を稼ごうとするという、醜悪としか言えない腐敗ぶりをさらけ出している。

 ここまで行かずとも、特にテレビメディアによる人権侵害の数々は、BPOへの申し立て内容を見て貰えればその酷さが解るだろう。

 では、今回の「STAP」騒動ではどうか。まあ、わざわざ記すまでもあるまい。一年前のSTAP細胞論文掲載発表時には、研究成果については全く取り上げる事無く、特にTVメディアはさも自慢げに「我々は小保方さんの人間性に注目してみました」等と恥ずかしげも無く言ってのけていたのだ。
 にも関わらず、問題点が指摘された途端に自身の報道姿勢の検証はそっちのけで理研や小保方氏に対し「検証と説明責任を」と突き上げている始末である。

 彼らは今後、自分たちの行動について自戒することがあるのだろうか?
 記者個々人については、そういう人もいるだろう。だが、きっとそういう良心を持った人間は、今の第4権力の中では少数派なのでは無いか。だとすれば、今後も同じような報道の名の下の暴力は繰り返されるだろう。特に、彼らが全く理解しようとしない自然科学の研究に対しては。


2.科学的検証の必要性を全く無視して平然と政治介入を行う政治家

 一人具体的に名前を挙げてしまえば、下村博文文部科学大臣である。所轄大臣なのだからさすがに個人名を挙げても何ら問題は無いだろう。

 論文問題が世界レベルの騒ぎになり出した頃、文部科学省は理研に対する特定法人の指定を先送りした挙げ句、下村文科相が記者会見で公然と論文取り下げを要求したのである。

 ネイチャーまで巻き込んだ世界中が注目する研究成果なのだから、疑問点が出たら検証するのは当然であるし、事実世界中の研究者が検証に協力しようと準備を始めていた。しかしその矢先に、こいつは論文取り下げの圧力をかけて事実関係を闇に葬り去ろうとしたのである。
 取り下げた論文に対して検証作業もへったくれも無い。事実は有耶無耶になるだけである。

 悪意は無かった、という人がいるかもしれない。傷が浅いうちに無かったことにした方が良かったという論理だろう。だが、それこそが不見識の表れなのである。
 研究過程で何が行われたのか。論文のどこに不備があるか。「科学的」の要件である再現性はあるのか。記されている証拠のどこまでが事実なのか。事実である部分については何故そのような現象が起きたのか。これらを全て明らかにしなければならないし、それは世界中の協力を得なければ到底出来ない事なのである。
 それをこの文部科学大臣は、政治圧力でひねり潰してしまった。自然科学に対する冒涜、犯罪行為である。

 さて。ここまでで、下村文科相一人を攻撃する内容にしてしまったが、では他の政治家についてはどうだろうか。直接この件について何か発言したという話は聞かない。だが、もし下村ではなく他の政治家、与党は自民党だから自民党議員の誰かになるだろうが、誰であれ他の自民党議員が文部科学大臣をやっていたら、まともな対応が取れていたであろうか。
 甚だ疑問である。やっていない以上、YESともNOとも言えないが、疑問を呈さざるをえない。そもそも、上で書いた文章を読んだとして、その意味が理解出来るだろうか?
「官僚の言うことを聞いて、大衆の不興を買わない程度の発言をしておけばいい」、そういう程度の認識しか無い政治家が多い。これは事実だろう。
 科学研究や、それを支援する為の科学行政に対するまともな見識を持ち合わせた政治家など、一体何人いるのだろうか。


3.科学者を標榜しつつ学閥と権威を守る為の権力闘争に終始する生物学界の腐敗

 これについては、パンドラの箱と言わざるをえない話である。自分ですら開けるのが怖い。出来れば目を逸らしたいレベルの話だ。

 最初に断り書きしておくが、生物学、自然科学研究に関わる人間全てが、権力闘争に明け暮れているわけでは無いことは、きちんと断り書きしておく。むしろ、真剣に研究活動に没頭したい人間が、そういう権力闘争のせいで足を引っ張られ潰されて、世に出るはずの研究成果ごと潰されている、それが日本の科学研究の実態だ。

 自分自身は物理学という(日本では)かなりリベラルでやりたい放題が許される学問領域の出身なので、周辺でさすがにそこまで酷い話は聞かなかった。それでも、学生時代には物理学会のポスターセッションで中傷としか言えない言いがかりをつけられたことがあった(たかがポスターセッションで)。

 これが生物学の領域になると本当に酷くて、ざっくり言うと医学部系と理学部系と農学部系で派閥争いというか殆ど序列みたいなものがある。農学部系の人など素晴らしい研究成果を出しても学会では全く相手にされず、結局学問の世界を去って全く関係ない職業に転職していくという例はごまんとあるようだ。理学部でも、生物学科系でない出身の人は殆どゴミ扱いで、やはり相手にされない。(※物理系の人間はそれでもお構いなしで突っ込んでいくもんだからかなり煙たがられるが笑。)

 当然学閥争いというのもあって、まあこれは一般の人にもわかりやすく、東京大学が絶対王者として君臨している。京都大学ですら決して序列が高いわけでは無く、あのiPS細胞の山中教授ですらその辺で相当苦労したらしい。
 そんな経験があるからか、京都大学はiPS細胞で勝ち取った権威を守るのにかなり必死で、「STAP細胞がiPS細胞に取って代わる」という報道には、かなり神経質になっていたし、小保方潰しの流れになったときにはこれ幸いとそれに荷担する動きもあったようだ。(私の所にすら、昔フォロワーだった京大卒の人が変な言いがかりをつけてきたくらいだ。)

 しかしこういう京大系の動きはある意味自己防衛とも言えるのでまだマシとも言える。もっと性質が悪いのは、学歴はあるが自分ではまともな成果を上げていないような輩が、論文の些末なミス、否ミスとすら言えないようなものをあげつらって人格攻撃に走っているような事例だ。
 こういうのは何も研究者に限らず民間企業や物書きでもあることなのだが、今回のようなケースでは、高学歴という権威づけがなされている人間が集団でやっている分、尚のこと性質が悪い。

 最近は少し下がったとも聞くが、少し前までは東大入学者の半分が受験専門高校の出身者が占めていた。自分が受験生の頃は、そこまでの比率では無かったが、そういう学校の出身者で無くともとにかく人を蹴落として受験に勝つことしか頭に無い人間が「上流大学」を占拠していた。そんな人間がそのままエスカレーターの如く研究職、それに限らず高級官僚や一流企業の幹部職に付いている。それが今の日本社会だ。
 そんな人間が結果を出せるか。若しくは結果を出した人間を正当に評価できるか。失敗したときに真っ当な検証作業が出来るか。
 出来るわけが無い。

 「STAP事件」は、そういう構図の縮図とも言えるのでは無いだろうか。


4.これらを全く理解しようとせず権威に盲従するだけの日本国民

 ここまででこの項目の論旨の半分位を既に書いてしまったのだが、要約を兼ねて書いておく。

 細胞研究の具体的内容には関心を寄せず、小保方晴子の割烹着姿にばかり興味を持つ日本国民。
 科学的検証の必要性を説く政治家よりも、耳障りの良い台詞を吐く大衆迎合政治家を選挙で選出する日本国民。
 学閥と権威に盲従し、若しくは自らそれに加わる猿山のサルの如き日本国民。
 
 ざっくり書いてしまったが、つまりはこれらが問題の根源なのである。

 TVインタビューで、「科学者なのだから説明責任を果たすべき」等といっているアホがいた。科学者にそんな責任は無い。自分の出した成果を認めてもらう為なら論証を積み重ねる必要はあるが、研究活動というのは基本的に自由なものである。公的責任など何ら存在しないし、説明責任などあろうはずも無い。
 まさに、日本人の科学研究に対する無知蒙昧ぶりを象徴する発言である。何もこの人一人に限らないだろう。多くの、殆どの日本人がそうだ。天気予報は予報であって予知では無い、それすら理解出来ていないのだから。

 その結果が、今回の「魔女裁判」としか言いようのないこの顛末である。

 研究の過程や意義には何らの理解も示そうとせず、魔女を狩ることばかりに終始する日本人。そんな環境で、今後この分野の研究を行うことが可能であろうか?
 よって、最初に述べた、『「細胞にストレスを与えることによる万能性の有無の研究」そのものが、今後は禁忌とされてしまうのでは無いという危惧を抱いている』という結論に至るのである。

 中世欧州の魔女裁判で「魔女」とされた人には、実際には化学や薬学の研究者が多く含まれていたとされている。魔女とは言っても男性もかなりの数が魔女として処刑されたようだ。そしてその多くが、彼らの研究活動に対する一般大衆の無知偏見から来る告発によるものであった。
 そして今、現代日本で同じ事が起きている。大袈裟などでは無い。実際に死人まで出ているのだ。それとも、拷問器具まで持ち出さないと、愚昧な日本人は満足できないのだろうか?

 救いはあるだろうか。中世欧州でも、「魔女」の研究に理解を示し教会から隠し守り通した人々も僅かながらいたという。
 現代日本にそのような人間がどれだけいるだろうか。









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