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北へ-3日目、摩周、阿寒、釧路トライアングル


 目が覚めたら朝の4時過ぎだった。軽く小腹が空いた感があるが、朝食がちゃんと出るから我慢する。と言うかそれ以前に食べるものがない。
 とりあえず、風呂に入ってくることにする。こういう時、やはり温泉地は良いなと思う。
 風呂から上がったら5時半くらい。昨晩、どうせ遅くまで寝てるだろうという事を見越して朝食の時間を8時半にして貰ったのだが、ちょっと失敗だった。まあ、どのみち5時半に朝食というのは無理なのだが。
 散歩ついでに近くのコンビニを探してみようと思い、外に出る。
 地図によると、直線距離で300mちょっとの所にセイコーマートがあるはずなのだが、間に釧路川が横たわっていてそのまま直進することはできない。大きく回り道することになる。
 その途中にあるセブンイレブンはすぐ見つかったのだが、ここに入るつもりはなかった。なぜなら、セブンイレブンはクレジットカードが使えないから。もうどこのコンビニでもカードかEdyかどっちかは使えるというこのご時世に、何故最大手のセブンイレブンはこういう方針をとるのだろうか。
 ということで、カードが使えるセイコーマートの方を目指す。途中道の狭い登り坂に出くわし、一瞬道に迷ったかと焦ったが、Googleマップの道の幅は実際の道幅とは全く一致しないというのが常なので、とりあえずそのまま進む。
 結局、コンビニはすぐ見つかった。6時開店なのでまだシャッターが閉まっている。5分ほど待って、店内に入った。
 趣味の一環として、地元の飲料を買ってみる。
まろやかフルーツ
 8時半、朝食到着。煮物が付いていたのだが、椎茸が入っていたのは軽くショックだった。調べてみたら、弟子屈は天然の椎茸が特産らしい。思わぬ落とし穴だ。
 まあ、これが無くても量としては十分なので、問題なし。
 10時過ぎに一度出かけてみることにする。とりあえず摩周湖に行こうと思いバスセンターに向かったら、目の前でバスが行ってしまった。次のバスは12時過ぎ。外で待っていてもしょうがないので、いったん宿に戻る。
 12時前に再度宿を出る。釧路川沿いに歩けば摩周駅の方が近いことが解ったので、駅からバスに乗ることにする。
 12:10,摩周駅前発。12時半頃に摩周湖第1展望台に到着。快晴。霧の一粒もない。そして摩周湖は感嘆の声が漏れるほどよく見えた。
摩周湖右側
摩周湖中
摩周湖左側
 ところでこの摩周湖、なんでも晴れた状態で見ると結婚できないという噂があるらしい。・・・まあ、何の根拠もないよね。うん。
 ところで、今回の旅行に当たって妹にまりもを買ってきて欲しいと頼まれていた。荒野草途伸はシスコンだから妹の命令には絶対服従なので、当然まりもを買ってこなければならない。
 ・・・と言うことを書くとまた怒られそうなので上に書いたことは誇張だと言っておくが、しかしまりもは買ってくるつもりではあった。しかし、摩周湖の売店にはまりもはなかった。まあ、まりもは阿寒湖の生き物であって摩周湖の生き物ではないのだから、無くても仕方がない。
 ふと、次のバスが国立公園線という阿寒湖畔まで行くバスであることを思い出す。いくら何でも阿寒湖畔でまりもが売っていないはずはない。が、それ以外の今後行く予定である場所でまりもが売っている保障は全く無い。
 と言うことで、急遽予定を変更して阿寒湖畔まで行くことに。
 バスに揺られ1時間。15時に阿寒湖畔に着く。弟子屈とは打って変わって、見るからに大観光地だ。巨大なホテルがたくさん建ち並び、「まりも まりも」と謎の歌が流れている。そんな中に、「まりも会館」なる建物を発見。
まりも会館
 だが別にここでまりもを売っているわけではなく、組合か何かの建物のようだった。だが、隣の店でまりもを売っていることが確認できたため、とりあえず安心。
 せっかく阿寒湖まで来たので、遊覧船に乗ってみることにする。阿寒湖畔に浮かぶチュウルイ島というところにまりも保護センターがあって、そこまでを船で往復する形になっていた。ちなみに船の切符に先ほど街で流れていた謎の歌の題名と歌詞が書いてあった。「マリモの唄」作詞/岩瀬ひろし。
 チュウルイ島到着。上陸時間が15分しかないので、あまりゆっくりは見れなかった。ここで展示してあるまりもは天然の、阿寒湖底から採取したものだそうだが、観光シーズンが終わったら必ず元あった場所に戻す決まりになっているのだそうだ。
巨大まりも
 まりも会館の隣の店に戻り、まりもを物色。途中他にも店はたくさんあったのだが、この店が確実にカードが使えるようだったので、そこで買うことにした。とりあえず適当に何種類か選んでレジに持って行く。レジのおばちゃん、カードの決済方法がわからない。現金で払ってくれみたいな顔をされるが、こっちはカードが使えるからという理由でこの店を選んでいるのだから、それは出来ない。
 結局、奥からこの店で唯一カード決済機の使い方が解るという人が出てきて、無事決済は完了した。しかし、カードの決済なんてそんな難しいことでもないのに、やり方が解るのが一人しかいないなんて、問題だ。みたいなことを、その決済してくれた人が言っていた。自分もそう思う。
 さて。用は済んだ。摩周温泉に戻らねばならない。どうやって戻るか。実は、行きに乗ってきた国立公園線というバス路線は網走から右回りに観光地を巡る路線で、逆回りはない。なので阿寒湖畔から摩周温泉に行くには知床ウトロ号という定期観光バスに便乗するしかないのだが、これが出るのは朝の8時前。当然、それまで待つことなど出来ない。
 仕方がないのでタクシーで帰ろうと思う。バスが1600円だったので、その4倍としても6千円くらいで帰れるだろう、ちょっと高いが致し方ないと思い、観光センターに行ってみる。
 観光センターから地元のタクシー会社に電話。いくらくらいかかるか訊いてみたら、返ってきた答えは12000円。
 ・・・冗談じゃない。それだけあったら、阿寒湖畔のいいとこのホテルに1泊出来るじゃないか。時間にして40分だと言うし、なんでそんなにするのか納得できなかったので暫し交渉してみるも折れる気配がないので、別の方法を採ることにする。
 観光センターの人と相談して、いったん釧路駅までバスで出て、そこから釧網本線で摩周駅に行けば4000円で帰れることがわかる。ただし、その時間からだと接続がものすごく悪く、釧路駅で2時間待たされた挙げ句帰り着くのが23時過ぎ。
 ちょっと悩むが、他に選択肢は無い。観光センターの人に礼を言って、バスセンターに向かう。
 まず、バスが出るまで1時間。その間にバスの切符を買ってしまう。幸い、カードが使えた。全く問題無く。
 17:35、阿寒湖BT発。普通の路線バスが、道東の原野をひた走る。途中、北26線北25線北24線と、よそではあり得ないようなバス停名が続いてゆき、ああ北海道だなと妙なところで納得する。
 2時間ほどで釧路駅に着く。釧路駅の店は既にその殆どが閉まっていた。時間をつぶせるような適当な場所もない。仕方ないので、切符を買ってホームのベンチで待つ。時間が経つにつれ、だんだんと冷え込んでくる。昼間に出てきたので半袖で十分だと思い、羽織るものを持ってきていない。寒い。ここは北海道なのだと、改めて思い知らされる。
 21時過ぎに耐えられなくなり、運動して体を温めようとホームと地下通路の間の階段で昇降運動を始める。と、何故か駅員がやってくる。洞爺湖サミット直後の厳戒態勢の中、階段で無意味な往復運動をしている怪しい男を尋問するためにやってきたのかと一瞬身構えるが、そうではなかった。
 しばらくして摩周行きの列車がホームにやってくる。駅員はその案内のために来ただけだった。出発30分前に暖かい車内に入ることが出来たのは、不幸中の幸いだった。安心したら、眠気が襲ってくる。終点が摩周なので、そのまま寝てしまうことにする。
 23:13、摩周駅着。駅前にはタクシーが2台待っていた。昨日自分が来たときには1台も待ってなかったくせに、とちょっと拗ねてみる。が、どのみち徒歩で行ける距離であることが既に解っているので、歩いてホテルに向かう。
 ホテルに着くと、誰もいない暗いフロントに自分の部屋の鍵が置いてあった。勝手にとって部屋に戻ると、しばらくして電話がかかってきて、食事をどうするのかと訊かれた。帰ってこないから向かいの空き部屋に置いてあるというので、疲労困憊だったが移動して食べた。ちなみに毛ガニが出た。
 あまりにも疲れたので、風呂にも入らず寝てしまう。翌日は7時出発。ちゃんと起きれるのか。
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北へ-2日目、JR北海道


 2日目は移動日。ほぼ丸一日かけて、稚内から道東の弟子屈町(摩周駅)まで移動する。
 出発は朝7時。夜結局寝付けなかったので、そのまま起きておいて、コンビニで朝食と新聞を買う。6時半に宿を出て、稚内駅へ。
 特急の切符は、JR北海道のサイトであらかじめ予約してあったので、みどりの窓口で受け取るだけ。JR北海道は進んでいる。
スーパー宗谷。写真は旭川駅にて
 7:10発スーパー宗谷1号に乗る。豪勢にもグリーン車。何故グリーン車にしたかというと、スーパー宗谷のグリーン車の窓側席は、パソコン用のコンセントがついているからだ。この点でも、JR北海道は進んでいると思う。
 JR各社で最初にクレジットカードが使えるようになったのはJR九州だが、JR北海道もJR九州も、経営的に本州3社に比べて決して好条件ではない。だからこそこうやって知恵を絞った顧客サービスが登場してくるのだろう。窮地を転じて好機と為す。新幹線の収益にあぐらをかいているどこぞの会社とは雲泥の差だ。
 バッテリーの心配をすることもなく、車内で小説の執筆をする。快適。窓の外にはサロベツ原野。時折ホルスタイン牛の姿が見える。おかげで何とか2話まで書き終えることが出来た。
 10:44,旭川着。次に乗る網走行きのオホーツク号が来るまで30分近くあったので、ちょっとだけ途中下車してみて、旭川駅前の様子を見てくる。
旭川駅前市街
 旭川市は35万都市なので、那覇と同じくらいの規模ということになる。が、なんとなく旭川のほうが都会のように思えるのは気のせいだろうか。旭川に嫉妬。
 まあ、旭川は札幌・稚内・網走・富良野各方面に通じる鉄道が全て集まっている交通の要所だから、人口規模以上に商業が発展していてもおかしくはない。
 やはり鉄道か。鉄道は大事だ。
 11:19発オホーツク3号に乗車。ここでもコンセントが使えると思ってグリーン車の窓側席を取っていたのだが、残念ながらオホーツク号にはそういう設備はなかった。仕方ないので買った新聞を読んで、読み終わったら寝てしまう。まあ、前の晩寝ていないから丁度よかった。
 気が付いたら、網走駅に着いていた。というか、着いてだいぶ時間が経ったところで、乗務員に起こされてやっと気が付いたようだ。大爆睡していた。終点で良かった。
 自分が降りたらすぐに、列車は札幌に向けて出発してしまった。頭が惚けていたため、列車の写真を撮るのを忘れていた。後日網走駅に行く時間があったら、撮りに行こう。
 予定では網走駅で1時間の待機があって、この時間をどうやって潰そうかと悩んでいたのだが、特急車内でオーバースリープしていたおかげでこの時間はだいぶ潰れたようだ。反対側のホームには、既に釧路行きの列車が止まっていた。
 跨線橋を渡ってホームに着いたが、列車の扉はまだ開かれていなかった。未来への扉はまだ開かれていない。俺の進むべき人生の道は、一体どっちだ。
 というか、正直、眠い。
 10数分したら扉が開いたので、速攻で乗り込む。しばらくうつらうつらしていたが、直に気を失ってしまった。途中、原生花園駅のあたりで目を覚ましたような記憶はあるが、とても写真を撮っているような状況ではなかった。まあ、これも後日行ってくるからいい。
 そして気が付いたら、摩周駅だった。列車が着いて、しばらくしてようやく目が覚めた。たまたま摩周駅で対向列車の待ち合わせがあり長時間停車していた為、降車することが出来たが、これがなかったら乗り過ごすところだった。超危なかった。
 摩周駅は霧雨。霧の摩周湖という言葉は有名だが、それで霧の摩周駅というわけでもあるまい。というか、摩周駅というのは摩周湖に特に近いというわけでもなく、元々は弟子屈駅という名前だったのを観光アピールのために知名度のある「摩周」に名称変更しただけの駅名だ。
 摩周駅から宿泊場所のホテル摩周まではさほど遠くはないはずなのだが、もう日が落ちていたしそれに霧が深いので、万一道に迷ってしまっては困る。荷物も重いし。と、15分くらい悩んだ挙げ句、タクシーを呼んでホテルに向かった。
 19時過ぎに宿泊場所のホテル摩周に到着。ここで5泊する予定。
 部屋は和室。正直、上等。このシーズンにこの部屋で2食付きで7千円ちょっとというのは、かなり安い。
ホテル摩周和室
 夕食も結構な御馳走だ。しかも部屋食。
一日目夕食
 正直、一人分としては量が多い。学生の頃ならこれくらい軽く平らげたものだが・・・。
 結局、若干残した。まあ、イカとか椎茸とか、自分が食べられないものがその殆どではあるが。
 夕食後は、今後のプランを立てる。とりあえず、5日に知床まで行くことに決めて、現地のレンタカーを予約しておく。ネットも問題無く使えるからありがたい。
 22時頃に風呂に入る。単純弱食塩泉、らしい。温泉としては一番ありふれた種類だ。すぐに他の人も入ってきてしまったので、軽く済ませて出てしまった。まあ、24時間いつでも入れるし、それに5日間もあるのだから。
 昼間寝たから夜はまた寝れないかと思ったが、23時過ぎにはもう眠気が襲ってきた。寝ない理由も特にないので、寝てしまう。
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北へ-1日目、稚内


 なんとなく北に旅立ちたくなった。
 というのはちょっと嘘で、実は八重山に旅行する段階から、北海道旅行もセットで考え合わせてはいた。理由は単純で、「日本の東西南北全ての端を制覇したいから」というものであった。制覇と言っても実際に行った場所が自分の領土になるわけではないからこの表現は適切ではないのだが、まあ、気分的なものと受け取って貰ってかまわない。
 何故こんな心境になったのかはよくわからないが、まあ自分という存在を見つめ直してみたかったのかもしれない。
 ただこういう国境を廻るみたいなやり方を取ると、まるで、国家や民族というものに縋らなければ自己定義の確立すらままならない右翼連中みたいでちょっと嫌だが、まあしかし自分の住んでいる足下である国土を見て回るというのは、決して悪いことではない。そう思い、とりあえずそういう方向で計画を進めていた。
 だが、八重山旅行記でも書いたように、日本の最東端と最南端は、実は一般人が行けないところであることに気づいたのだった。しょうがないからとりあえず最西端の与那国島だけは行ってきたのだが、今回は最北端である宗谷岬と、一般人が行ける限界である納沙布岬に行ってこようと、プランを立てた。
 そして一日目。中部国際空港からANAが稚内まで季節運行しているので、それを利用することにした。沖縄からだと1泊しないと乗り継げない組み合わせだが、どうせ実家に帰る予定もあったし、それは問題無い。それに、なんとなく「乗り継ぎに羽田を使う」というのが当たり前すぎてなんかイヤだった。東京一極集中に対するささやかな抵抗である。
 11時に中部国際空港着。手荷物預け所で、係の人から「天候の関係で、旭川か札幌で降ろされるかもしれない」と言われる。マテ。そんなとこで降ろされても困るんだが。というようなことを言ったら、「稚内まで運送するという契約になっているので、手段は解らないが稚内までは到着できるよう手配する」とのこと。
 限りなく不安な旅立ちになってしまった。て言うか、稚内(宗谷岬)は、到着当日の午後に見て翌朝は朝一で道東方面に移動する予定になっているから、例えば旭川で降ろされたら鉄道で3~4時間かかるから、付く頃にはもう夕方。もう暗くなってるかもしれない。
 いきなりピンチだ。
 まあ気に病んでも仕方ないので、機内で読書にふける。「『超訳』資本論」。資本論は読んだことがなかったし今まで読む気も起きなかったのだが、やはり労働経済学の基礎となっている書物だから、せめて入門書くらいは読んでおこうと思い読むことにした。マルクスの言い方は無駄に難解だが、内容自体はそんなに難しい物ではないようだ。
 飛行機は無事稚内に着いた。だが、天候はあいにくの雨。風も強い。空港内に、石垣の観光看板が掛かっていたのでちょっとびびった。稚内市と石垣市は姉妹都市らしい。
 空港を出て左手に赤いバスが止まっていたので、乗り込む。地元の宗谷バスが運行する、稚内市街地へのバス。赤い色が昔の名鉄バスそっくりなのでてっきり名鉄グループ化と思ったら、東急グループらしい。(参考:wikipedia
 稚内市街に行くと宗谷岬へは逆方向になってしまうのだが、空港から直接宗谷岬へ行く路線がないので、致し方ない。それに、宿に先に荷物を置いておきたかった。30分ほどバスに揺られる。料金は一律590円。空港バスとしてはそんなものなのだろうが、地元の路線バスも兼ねているらしいことを考えると、ちょっと割高という気がしないでもない。
 宿近くのバス停で降りる。すぐみつかる。が、「食事処」とかあるから、一瞬本当にここが宿なのか迷ってしまう。
宿うぶかた看板
 しかも玄関はともすれば民家のそれだ。
宿うぶかた玄関
 勇気を出して入ってみたら、フロントがあったので安心した。チェックインを済ませ、部屋へ。早速LANケーブルのコネクタを探すが、無かった。どうやらはずれ部屋だったらしい。とは言え無線LANがすんなり使えたので、こちらの方は問題なし。やっぱ、ネットが使えないと、いろいろ活動に支障を来すからねー。自分の場合。
 30分ほど休憩した後、日本最北端の駅、稚内駅へ。
稚内駅
 ・・・想像していたのより、ずいぶん小さい。写真で見るとそうでもないよう見えるかもしれないが、はっきり言ってちょっとがっかりレベルである。まあ、稚内市なんてそれほど大都市でもないし、しかも市の中心部は南稚内駅周辺みたいだから、これくらいの規模でしょうがないのだろうか。
 ついでに、日本最北端の線路も見てきた。稚内駅を北進して、ちょっと路地に入るとすぐにそれはあった。
日本最北端の線路
 ・・・稚内駅以上にがっかり。いや、昔読んだ鉄道関係の本では、もう少し趣がある雰囲気があったように思うのだが・・・。線路縮めたんだろうか。
 というか、日本最南端の駅が未だに「西大山駅」(鹿児島県)になっている。まあ、連続した線路の云々みたいな注釈が書いてあるし、実際赤嶺駅はモノレールの駅で鉄路の駅ではないのだが。なんか釈然としない。
 駅近くの食堂で、食事をすることにすることにする。頼んだのは「かにラーメン」。
稚内かにラーメン
 1500円。頼んでみたら意外にでかくて、ちょっと冷や汗ものだった。
 隣の老夫婦が、店主に「これは札幌ラーメン?」と訊いていて、「稚内ラーメンですよ」と店主は答えていた。「わっかないラーメン」といえば、「おじゃまんが山田くん」に出てくるラーメン屋の名前なので、幼少の頃からその名前だけは記憶に刻まれてはいたのだが、実際店に出回るのは札幌ラーメンか旭川ラーメンばかりなので、稚内ラーメンを食べる機会はこれまで無かった。
 だが、遂にそれを食すときが来る。
 味は、まあまあだった。くどすぎず、あっさり系の味。量が多かったのでスープは全部飲みきれなかったが、もちろん蟹は全部食った。蟹も昔は食えなかったんだけどなあ。
 宗谷岬行きのバスは、16:20に出る。先ほどの店内に、「バスセンターで往復券を買えば割安」というチラシが貼ってあったので、とりあえずバスセンターを探すも、見つからない。案内看板が全く見あたらないのだ。なんて観光客に不親切なんだと雨降りの中ちょっと不機嫌になる。
 結局、バスが走ってきた方向から当たりをつけて、稚内駅の前から北に延びる小さな路地の先に、バスセンターがあることを突き止めた。カウンターで往復券を買い、暫し待つ。
 バスは定刻通り来る。車窓を楽しもうかと思っていたが、先ほどたらふく食ったせいか急激に眠気が襲ってきて、意識不明の状態に陥ってしまった。
 気が付いたら、宗谷岬。バスは別にここが終点というわけではなく、さらにその先の小学校まで行くので、もしここで目が覚めなかったら乗り過ごすところだった。本当に危なかった。
 宗谷岬は、土産物店や民宿が建ち並ぶ、もう見るからに観光地という感じだった。とりあえず最北端の碑の前まで行ってみる。
日本最北端の碑
 だが、ふと気づくと左手の方に、何か岩礁が見える。どう見ても、この碑よりも明らかに北だ。
平島?
 あとで国土地理院の正確な地形図で見てみたら、明らかに宗谷岬よりも来たに、平島・弁天島という二つの島がある。この島がロシア領という事もないだろうから、間違いなく日本の最北端はこの弁天島だ。つまり、日本最北端は宗谷岬ではない。
 私の行ったところは最北端ではなかったのだ。
 だ ま さ れ た。
 しかしこの島まで行く手段はおそらく今の自分にはないので、諦めるしかない。時間もないことだし。結局、この旅自体が「虚構の自己満足の国土探訪であった」ということなのだろう。
 早くも一日目にして、旅の目的の虚構性を暴かれてしまった。まあ、いい。この度の目的はもう一つあって、温泉宿でゆっくり小説を書こうというのもあるのだから。だが、それは明日以降だ。て言うか、まだあらすじが固まっていないし。
 帰りのバスを待つ。バス停に、旅人が書き残すノートがあったので、自分も一筆書き残そうと思った。が、既にノートがいっぱいだった。
 このまま何も書かずに返るのもシャクなので、財布の中にあったゲオのレシートの裏に「2008/8/2 荒野草途伸参上」と書いて、間に挟んで帰ってきた。
 そして帰りのバスの中ではまた爆睡していた。
 駅についてもまだ眠くて、いったん宿に戻ったらそのままばたんきゅーしてしまった。気が付いたら、もう夜の22時過ぎだった。
 風呂は夜中に入るなと言われていたし選択もしないといけなかったし薬を飲むための飲料も必要だったので、とりあえずまずは近くのセイコーマートに走った。
 なんか、品揃えが結構面白い。北海道らしいと言うか。焼きもろこしとか売ってるし、おにぎりも「鮭わさびマヨ」とか「筋子」とか。それに値段がなんとなく1割ぐらい安い気がする。
 とりあえず旅行に行ったら地元の飲み物を飲んでみるのが自分のセオリーなので、「ソフトカツゲン」という乳酸飲料を買ってみた。
ソフトカツゲン
 メロン味もあったのだが、とりあえず普通のにしといた。明日機会があったらメロン味の方も飲んでみよう。
 とりあえず、今日の旅としては以上。明日は7:10発の特急宗谷に乗らないといけないので、早く起きないといけない。おいおいこんな時間まで起きてて良いのか? ていうかいっそ、このまま起きてるか? へたに寝ると起きれなくなりそうな時間になってるぞ。
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