なんか知らんが頭が痛いのであまり多くは語れないが、しかし憲法記念日なので一言ぐらいは何か言っておく。そう、わずかでも声をあげることが大切なのだ。物言わぬ人間になってはいけない。言葉を紡ぐことこそが人が「人」たる証なのだから。
とは言っても、去年と言うことがさして変わるわけでもない。改正のための改正とかそういうのは勘弁してくれ、とか、そんなんぐらいだ。まあただ、去年と違っておかしな議員が増えたので、そこだけは心配なのだが。
いやこうやっておかしな議員とか書くとまたクソウヨが噛みついてきそうなんですけどね。実際おかしいでしょ。天皇制というか女帝導入論議見てるとさ。国民の意識から乖離した議論ばっかやってるでしょ。日本国民の大多数の思いは、「敬愛できる皇室があればそれでいい」ってな感じだと思うんですよね。人格的に優れていれば、男だろうが女だろうがどっちでもいいと。ところがそれを無視して、伝統オタクな議員が一般人にとっては訳のわからん理屈ひっさげて、議論を引っかき回しまくり。あーあ、って感じですよ。
で。皇室だけならともかく、最高法規である憲法までこんな感じでオモチャにされたらたまらん、と思うわけです。
ちなみに荒野草途伸は改憲反対の皇室廃止論者ですよー。左翼だしー。労働者階級だしー。あ、でも、皇室廃止したかったら憲法改正しないといけないんだよね。あちゃー、矛盾してるよ。はっはっはっは。
て言うかこの頭痛はなんだ。
-----
「憲法記念日には何か言う」への2件のフィードバック
コメントを残す
コメントを投稿するにはログインしてください。
第二次大戦を民主主義の連合国と侵略国の枢軸国との戦争と規定して、戦勝国による地球支配の倫理的原点とする歴史認識が、現在の国際社会の基点だと思う。支那や朝鮮の対日悪感情も、平和憲法も、国連憲章も、全部この価値観に支配されて成立している。この歴史認識に対する疑問は、ドイツでは犯罪ですらある。
「ホントにそうなの?」のささやかな疑問を、あなたに差しあげたい。あなたの祖国の近代史は、ほんとに、犯罪者の経歴書なんだろうか?
そうですね。ただ、懐疑的姿勢の必要性はあらゆる自称に於いて言えることなので、「現日本国憲法は戦勝国の理屈とか言われてるけど、ホントにそうなの?」という事もまた言えるわけです。まあ、それを言い出したらきりがないので、各々が自分で納得のいく着地点を見つけていくことになるのですけど。
問題は、そういう思考過程とか、それに必要な発言・議論が許されるかと言うことで。幸い日本はそれに関して非常に寛容で自由な国です。そしてそれを支えてきたのが、現日本国憲法とそれに基づく社会体制だと思います。ですから私は、現日本国憲法に対しては積極的に肯定をしていきたいと考えています。