インフルエンザ以外の何かwith荒野草途伸


 もう何年前の話だろうか。
 ペルソナウェア(現キャラリナ)のパチモンである「任意たん」というものが流行したことがある。
 それが、ペルソナウェアの会社から著作権法違反で訴えられて、以降「あれ以外の何かwith任意」とか「伺か」とか名前が変遷したり海賊ゲリラ配布サイトが横行したりしたようであるが、荒野草途伸は「任意たん」にはあまり興味がなかったので、この辺の経緯は詳しくない。
 だが、その海賊配布サイトの一つが、配布リンクと一緒にリンク集と称して、荒野草途伸のKeySSへのリンクを張っていて、「いったいどういうことですか」と問い合わせが来たことがある。こっちとしては青天の霹靂であった。
 
 流行というのは、このように突然無関係の人間を巻き込む恐ろしい現象である。
 
 
 さて。問題のインフルエンザである。
 今年、というか今年度という言い方が正確であろうか、H1N1型のインフルエンザが流行しているらしい。一昔前なら「Aソ連型」という呼称の方が一般的だったようだ。この呼称のせいで日本で反共感情が広まったのかと思うと、口惜しいことこの上ない。別にスターリンがウイルスをまき散らしたわけでもないし、そもそもスターリンを共産主義者呼ばわりされるのは左翼としては心外なことこの上ないのだが。
 
 まあいい。とにかく、H1N1型というのは、いわゆるA型インフルエンザの亜種であるらしい。特徴としては、「咳(せき)や鼻水等の気道の炎症に伴う症状に加えて、突然の高熱、全身倦怠感、筋肉痛等を伴うことを特徴とします。」(参考:瀬戸市健康課:新型インフルエンザに関する情報についてということらしい。
 
 そして。荒野草途伸は、水曜日にこの症状が全て出た。
 
 経緯をざっと説明すると、年明けぐらいから疲れが抜けない状態が続いていたのだが、1/14の金曜日まではその程度だった。この日は、岡崎市民会館で開かれた益川教授の講演会を聞きに行っていた。
 変調はこの後からである。講演会の内容と感想をざっとブログにまとめようと思ったのだが、どうにも頭が働かない。まあ一日ぐらい置いてもいいだろうと思い翌日に作業を回すことにし、その日はさっさと寝てしまった。
 
 翌、土曜日。体が動かない。否、無理すれば動くし、トイレには行かなきゃいけないので全く動けないわけではないのだが、何か作業を出来る状態ではとてもなかった。
 結局この日は、昼過ぎまで寝ていた。
 
 日曜日も同じような状態だった。ブログの更新は諦めた。そして、やたら咳がよく出るようになった。
 だが、この時点でまだ、「自分は風邪である」という自覚はなかった。体がだるいのも咳が出るのも、20年来の日常茶飯事のことだからである。「ああ、またか…」という一種の諦め以外の思考は、無かった。
 
 月曜日。朝起きたら、咳混みが酷くなっていた。さすがにこれは風邪か…? と思ったが、休むほどではないと判断し(休んだら収入減るし)、いつも通り家を出た。
 着いたら、欠席者が一人出ていた。他に、風邪の症状を呈している人が一人。ちょっとまずいかも…? と思ったが、自分はまだ動ける状態だったので、ビタミンC大量摂取で乗り切る方針を決めた。
 
 火曜日。欠席者が3名に増加。午後になって、インフルエンザであることが判明。9名のチーム中3名がインフルエンザ発症。1/3である。しかも、自分も既に風邪の症状を呈している。これは緊急事態だと、ようやく理解した。
 
 
 そして水曜日。朝。動けない。マジで動けない。とりあえずトイレに行きたかったが、それすら出来ない。
 咳が酷い。痰は真っ黄色。熱は動けないから測れないが明らかに高熱。倦怠感どころではない、動けない。全身筋肉痛。加えて頭痛。
 これがただの体調不良なら栄養ドリンクでもぶち込んで何とか動くところであるが、状況から察するに明らかにインフルエンザであると判断し、午前中は諦めた。ここでまだ「午後はいける可能性がある」と思っていた辺り、判断力が著しく欠如していた証拠である。
 
 2時間ほどして、なんとか這って動けるまでにはなったので、まずはトイレに行く。その後熱を測ったら、40.2℃。若干良くなってこの熱なのだから、さっきは一体何度だったのか。
 
 とりあえず、病院に行かなければならない。市役所に電話したら、品野と末広と宮前に医院があると言われる。品野と末広は全く知らない。宮前のK内科は、5年前の沖縄移住前にかかりつけ医だったところなので、ここに行くことにした。
 
 インフルエンザを発症した旨電話したら、すぐ来てくれと言われた。ので、すぐ行った。朦朧とした意識の中、何とか現状を説明する。すぐに奥のベッドに隔離された。粘膜検査と血液検査をされた事は覚えている。
 
 何十分か、1時間以上経ったのか、記憶が無いが、診察に入る。
 検査結果は、A・B共に陰性。
 
 …どういう事?
 
 医師も、「これは絶対インフルエンザだと思ったんだが…」と頭を抱えていた。
 とりあえず一日様子を見ようと言うことになり、念のためにタミフル二日分と、抗生物質と解熱剤を処方された。
 
 帰宅して、もう何もしたくなかったが、とりあえず経過報告を義務づけられているので電話をする。明日再検査するので明日もいけない旨伝える。まあ、これで明日は電話しなくて済む。
 
 
 その後、解熱剤のおかげか体は幾分軽くなった。これを機会に貯まった文書を書き上げてしまおうかと思ったが、何を書くつもりだったのか忘れてしまっていた。
 
 
 翌朝。症状はさらに悪化していた。解熱剤が切れたのと、夜が冷え込んだことが重なった為だろう。夜中にエアコンを入れるとブレーカーが落ちて余計大惨事になるので、風邪でも暖房を入れることが出来ない。自分の部屋は断熱性最悪の欠陥住宅なのに。
 マジ深夜電力契約して欲しいんですけど。
 
 
 朝一で医院に行くつもりだったが、動けない。とにかく動けない。トイレも行けない。美少女がお漏らしすれば喜ぶ人間もごく一部にはいるが、30男がお漏らしして喜ぶ人間がいるとは思えない。人としての尊厳がかかっていた二時間であった。
 
 10時半頃になってようやく動けるようになったので階下に降りてみたら、母親が倒れていた。どうやら、自分と同じ症状にかかったらしい。
 
 送り迎えを期待していた人物が同じ病に倒れたとあっては、医院には行けない。
 とりあえず午前中に医院に行くつもりだったのを夕方に延期しようかと思っていたら、母親が送るだけなら出来ると言い出した。
 病状は同じなのでどれだけやばい状態かはよくわかるし、正直そんなやばい状態で運転されるくらいならタクシーで行った方がマシだし、ちょうど帰省していた妹もタクシー使った方がいいんじゃないかと言っていたが、結局母親が送ることになった。
 どうせ医院行くなら母親も一緒に診察かかったらどうかと言ったが、それは嫌だという。忙しいからとか何とか言っていたが、何か作業や仕事が出来る状態ではないのは同じ病状の自分が一番よくわかってる。たぶん、何らかの医療不信みたいなものが根底にあるのだろう。
 
 ともあれ、午前の診療時間ぎりぎりに医院に行くことが出来た。鼻の粘膜を取られて、待つこと数十分。結果は、やはりA・B共に陰性。
 
 結局、「極めてインフルエンザに似ているが、インフルエンザではない何か」というほか無いようだ。ただ、二日間とも、白血球値が異常値を示しており、二日目は特にかなり高い値を示していたので、ウイルスなり菌類なり何らかの白血球の攻撃対象になる生命が侵入していることは間違いないようだった。
 
 医師からは、「解熱剤なり栄養剤を打つなりするしか打つ手がない」と言われたので、とりあえず解熱剤注射と栄養点滴を受けておいた。医師からは「打ちたいならいくらでも打つから」と言われたが、そんな何本も打たれても却って不安になるだけなので、一本だけにしておいた。
 
 
 結局、翌日も休んで、土日もずっと寝たきりえだった。その間、帰省していた妹にも感染してしまい、妹は有給を一日延長する羽目になった。
 月曜の朝には何とか動けるようにはなった。インフルエンザ組は既に出てきていた。
 結果論から言えば、自分はインフルエンザより厄介な病気にかかっていたことになる。しかし「インフルエンザ」ではないので、公欠にはならないし自宅待機命令が出ることもなかった。
 お役所仕事とか良く言われるが、民間だって大して変わらないものである。
 そして発熱してから10日経った。その後、自分の隣の席の人が「インフルエンザ以外の何か」で二日間休み、そしてさらにその隣の人がどうも体調不良の様相を呈している。
 同じ室内で、二つのウイルスが平行して流行しているようだ。
 
 
 ところで話は変わるが、最近のオタク文化は「けいおん!」のようなアニメ系と「東方」のような同人系が平行して流行しているようである。しかし、世間一般で「流行」として取り上げられるのは、どちらか一方でしかない。
 
 流行というのは、かくも不可解なものである。
 
 
 
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