荒野草途伸ルート >> 日常の愚痴 >> 2005年11-12月分blog
11/5
とりあえず、神奈支援
 なんかもう、トラブル続きで今の勤め先にはいろいろフンガイしとるわけですが。まああと一週間で終わりなので、とりあえず耐えとくことにします。いや、そのあと一週間とかいうの自体が、そもそものトラブルの発端なんですが・・・。

 そんなこととは関係なく、アニメ最萌2005ではAIRの神奈備命が準々決勝まで進んでしまいました。本日11/5、リリカルなのはの高町なのはと対決です。自分は全然知らなかったのですが、なんでもなのはとAIRは支持層がかぶってるらしくて、今までにないくらい混戦になるらしいです。

 まあそういうわけで、1回戦以来さぼっていた支援SSを、久々にというかようやく書きました。AIRの神奈エピソードに佳乃編の設定、それに和歌山県北 山村特産の“じゃばら”を絡めてみました。AIRの内容を知らないとなにがどう神奈と関係あるのかわかりづらいところが、難点ですが・・・。
 これから投票所に投下するので、読んでみたいという方は、とりあえず神奈に投票しに行ってください。読みたくないというのならしょうがないですが・・・。

11/21
更新履歴〜アニメ最萌トーナメント2005:AIR陣営支援SS
 今月に入ってこっちの方の更新全然出来ていませんでしたが、とりあえず来月から浦添市民になることが決まった荒野草途伸です。
 というか今月アップした記事って、アニメ最萌で神奈支援呼びかける記事だけだったんですね。ほんとに、俺の人生これだけなのかよ俺の私生活これだけなのかよ俺の20代これだけだったのかよという感じですね。もう20代じゃなくなって半年以上経つけど。

 とりあえず、皆様のご支援もむなしく、神奈様は準々決勝戦にて敗退ということになってしまいました。まあ相手は最終的に総合優勝したキャラですからね、相手が悪かったですよ。というかそれ以前に、殆ど底辺扱いだった“AIR”という作品から決勝トーナメントに進めたということ自体、むしろ奇跡に近いものがあるわけで。それだけでもちょっと感涙ものです。
 久々に、自分なりに精一杯戦ったという実感もありましたし。なんだかこれで、ようやく自分の20代を終わらせることが出来たという気がします。イヤ、マジで自分の20代後半って、Key漬けだったから・・・。

 まあそれはともかく。最萌も終わってしまったことですし、そのときに投下した支援SSもそろそろAIR SS置き場で公開しておこうかと思います。しかしそういえば自分、観鈴の支援をしてなかったんだなあ・・・。仕事が忙しかったらから、とにかく時間の取れる場合だけSS書いてたってだけなんですけど。


 さて、引越の準備をしなきゃ。しかし、今回の最萌で“はにほ”だの“丸焼き姫”だの“小学三年生”だの知って、それらのアニメ見だしたんだけど。沖縄行ったらコレ全部、見れなくなっちゃうんだよな・・・。

11/23
カタバミ
 「すごいよ!マサルさん」で、フーミンが面接で「特技は何ですか」と訊かれ、「ツッコミです!」と答えるシーンがあったが。「10円玉をピカピカに磨くことです!」というのは、これに匹敵するだけのパワーがあると自分では思っている。


 ヒマがあると10円玉をピカピカに磨くという行為を時々やっている。使うのは、カタバミの葉。育てているわけでもないのに鉢の中に勝手に生えて群生するので、せめて有効利用してやろうという思惑もある。

 割と有名なことだが、カタバミの葉で古い10円玉を磨くと、本来の銅の色が復活する。カタバミの葉に含まれるシュウ酸が銅を溶かすからである、ということらしい。
 しかしシュウ酸というのは何もカタバミに限らず野菜類にはたいがい含まれているはずである。例えばほうれん草のエグ味というのはこのシュウ酸に他ならないわけであるが、しかし「ほうれん草を使うと10円玉がピカピカになります!」とかいう話はあまり聞かない。まあ、食える野菜であるほうれん草を使ってわざわざそんな非生産的なことをする奴はあまりいないということなのだろうが。

 なにはともあれ。手元にカタバミと10円玉があれば、とりあえず磨くようにしている。これはもう、趣味といっていいだろう。ここのところ寒くなってカタバミも殆ど枯れてしまったので、最近はあまりこの行為をやってはいないのだが。


 いっそのこと、履歴書の趣味欄にもこれを書いておけば良かっただろうか。
 来月から入る会社に出した履歴書には「小説書き」とか「鉢植え」というのを書いていたのだが、先日の打ち合わせの際に「あなた、盆栽が趣味なんだってね」というとんでもない誤解を受けたりもした。どうやら「鉢植え」という表現が曖昧すぎたようなので、もっとストレートにわかりやすいものを書いた方が良かっただろうか、と感じたのだ。
 だから次に履歴書を書く機会があったら、こう書こう。

 趣味:10円玉磨き(カタバミを使用)。


 盆栽と誤解された方がまだマシな気もする。



11/25
芸術の秋
 秋といえば水瀬秋子さんである。・・・とかいうことを言い出すのは、やはり高尚さからはかけ離れた言動なのだろうか。

 HT君が中学の同級生に会うために名古屋に来て、ついでにiAcnも来たので、25日は3人で名古屋の中心街栄をぶらついていた。といっても特に目的があるわけでもなく、時間を無駄にするのも何だからということで、愛知県美術館に入った。

 実は荒野草途伸自身は美術館に入ったのは初めて・・・というわけでもない気がするが、明確な記憶が無いので、事実上初めてといっても良いのかもしれない。
 そもそも美術や音楽に多少なりとも興味が出てきたのが20代後半になってからの話なので、それ以前にはたとえそういうところに入ったとしても、展示品にはさしたる興味も示さず早々と体感してしまっていた可能性が高い。
 なので、本格的に美術品を鑑賞したのは初めてであった。


 そんなわけで美術品に対する基礎知識があるわけでもなく、作品の善し悪しとかそんなものが見てわかるわけでもなかった。
 ただ、「この作品で作者は何を言いたいのか」という、それが伝わってくる作品伝わってこない作品というものの違いは、はっきりとあった。単純な風景が一つ取っても、この風景を描くべしという意気込みの元に描いたものと、ただ近くに住んでるから漠然と描いたというものとでは伝わってくる何かが違う。そう思ったのだった。

 古典作品とよばれるものには概してそういう「意志」が伝わってくるものが多く、ああさすがに長い年月を経て尚収蔵の価値ありと判断されているだけのことはある、と思った。
 比して、「現代芸術」と呼ばれているものには、「うーん」と首を捻らざるをえないものが多かった。もちろん全てがそうではなく、むしろ(現代作品であるだけに)古い作品よりも強い共感を感じるものもあったわけだが。逆に、「ハァ?」と思わず声をあげてしまいそうになる作品もいくつかあった。どう見ても失敗作の粘土の塊としか思えないようなのとか、ただカンバスを三色に塗り分けているだけのとか。

 移動して3人で夕食を取っているときに、その話になった。黒い布を切り裂いただけ(少なくとも自分にはそう見えた)の作品に対して、HT君と自分が「あれはないよなー」というようなことを言っていると、iAcnが言った。
「いや、あれは自分は、凄いと思った。だって、あの立体的な形状を残したまま思い通りの形に切り裂くのには、相当の腕がいるはずだから。」
 言われてみれば、確かにその通りだと思った。やはり、人によって感じ方というのは違うらしい。それに、iAcnは普段からクラシック音楽を聴くなどして芸術に親しんでいるので、そういうあたりに関して敏感なのかもしれない。


 自分ももっとこの辺の教養を高める努力をした方がよい。そう思った秋のある日だった。


11/29
四字熟語
 妹の方のblogに「四字熟語による心理テスト」というのがあった。四字熟語を3つ思い浮かべるらしいので、挙げてみた。

臥薪嘗胆
焼肉車検
不言実行

 で。この3つはどうやら、1.「あなたの人生観」2.「あなたの恋愛観」3.「死ぬ直前に、人生を振り返った感想」らしい。ふむ、まあ1と3はいい。問題は、2だ。自分の恋愛観はどうやら、焼肉車検らしい。

 ていうか焼肉車検ってなんだ。これは、2年くらい前に沖縄県浦添市沢岻近辺で見かけた、車検屋の前に立っていた看板に書かれていた語句なのだが。いわゆる四字熟語じゃないし、そもそもこの語句の意味するところを自分は知らない。
 調べたところに依ると、どうやら「焼肉が焼けるくらい早く車検が終わる」とかいう意味だったらしい。なるほど。自分の恋は焼肉車検並みに早く終わっちまうということだな。でも、自分って失恋してもかなりそういうの長くひきずる傾向があるんですけど。整備不良じゃないですか?
 ちなみにこの「焼肉車検」の看板は、今はなくなっちまったらしい。


 ところで、臥薪嘗胆で思い出したのだが。トップに置いてある「臥薪嘗胆の図」、あれは確か30になったときに「無職を脱するまでこのイタい絵姿を晒すことで、屈辱を忘れないように」とかいう意味で貼ったはず(3/27付文書参照)だったのだが。もうそんなことすっかり忘れていた上に、「このオタクっぽい風貌、良いじゃん」などと気に入ったりしている有様だ。臥薪嘗胆どころの騒ぎじゃない。

 しかし、もう既に無職ではない。いつまでもアレを貼り続けているわけにはいかないのだ。名残惜しい気もするが、そのうちはがさなければいけないだろう。あーあ、あれに代わりうるケレン味溢れた自画像なんて早々思いつかねーよー。ウダウダ。
 全然不言実行じゃないし。




12/1
東京ミューミューはテレビ愛知
 沖縄初日なのだが。その愛知から沖縄へ向かう過程でちょっとムカついたことがあったので、記録しておく。沖縄の記事を期待している人には申し訳ない。

 金山7時13分発中部国際空港行き特急に乗ろうとしたら、満席だった。
 ホームで駅員が「全車特別車です、満席なのでミューチケットを持っていない人は乗れません」と叫んでいたが、この列車に乗らなければ飛行機に乗り遅れてしまうので、何食わぬふうを装って車両に乗り込むと、同類とおぼしき4,5名が既にデッキに立っていた。

 名鉄の特急券というのは基本的に座席指定券であり、だから自由席に座る場合は普通列車と同じ運賃を払うだけでよい。無論、立席でもそうなる。ところが、「全車特別車(=自由席のない列車)」だと、条件が変わるらしい。全席指定だから指定券が無いと座れないのは当然なのだが、座れなくて立っている場合であっても、指定券と同額の料金を払わされてしまうのだ。
 はっきり言って理論の整合性がない。

 そもそも、全席指定の座席が、神宮前を出る頃にはほぼ100%埋まっちゃってるのに。何でそれ以降の駅に止める必要があるんですか?立席客を乗せるためですか?通常の「一部特別車車両の特急」なら何のお金を払わずとも済む人から、350円徴収するためですか?
 常滑駅(中部国際空港のすぐ2つ前の駅)で女性の親子二人連れが載ってきたのですが。駅間わずか5分で普通も特急も大差なく、列車の本数も十分あるのに、わざわざ350円払って立席したいなんて、思うはずがありません。おそらく、自由席に乗るつもりで乗ったのでしょう。しかし彼女らからも、容赦なく350円は徴収されてしまいました。

 これは明らかにおかしいですよ。て言うか不公平です。指定券より少し安いんならともかく、同額だしね。快速特急だから早く着くってんならともかく、列車としては通常特急だしね。
 名鉄側としては、自由席をちゃんと設けるか、もしくは全車指定のまま車両を増結する(席を増やして吸われる人を多くする)か。便そのものを増発するか。そういうことをして貰わないと、困りますよ。
 7時に指定券買おうとしたら、満席で8時13分以降しか買えなくなってるって、ビジネスマンからすればちょっと洒落になんないっすから。て言うか、何で金山発のシャトル特急を出さないの? それを出来るようにするために金山総合駅を作ったんじゃなかったんでしたっけ、確か?


 しかもトランパス家に忘れちまうし。いや、これは自己責任なんだけどさ。でも敢えて言えば、瀬戸線でトランパス使えれば、忘れるなんてあり得なかったんだよ。



12/2
琉大物理のクサナギ
 初めに言っておこう。HTくんはとてもいい人です。

 昨日家の契約をしてきたのだが。その場になって大家が、「沖縄にいる人の保証人が欲しい」等と言い出したのだった。こっちとしては、保証人なんて親一人で十分、しかもそれにしたって保証協会との契約も別にあるんだから不要なんちゃうの?と思っていたくらいなので、思わず「ハァ?」と言いそうになってしまった。

 HT君に事前に聞いていた話だと、昔は本土は遠すぎるからいざというときにそんなところにいる人が責任負ってくれる保証がない(ぶっちゃけ存在する保証もない)ってことで、沖縄の人を保証人として要求する例が多かったんだそうだ。
 ただ、今は保証協会がそれを代行するようになっているから連帯保証人自体不要で、ただ連絡先として誰かの名を書くようになってるようにはなっている、との話だった。

 ところがそこは、どういう訳か保証協会に加えて連帯保証人二人を要求してきたのだった。しかも当日になって。

 慌てて5日から働く会社に電話したが、いくらこれから一緒に働くって言ったってまだ顔合わせ程度しかしてない奴の保証人に何かなれるはずもなく、先方が困ってしまった。
 それでもこれが部長とか役員クラスなら、「しょうがない、私の責任で」とかいって一肌脱いでくれることもあるのだろうが。今あそこの沖縄支店にいるのは全員ぺーぺー同然なので、とてもそんなリスクなど負えようはずもない。
 結局「総務と相談してくれ」という話になったのだが。しかし、この会社の総務というのは本社、つまり東京にあるわけで。自分が抱えている問題“沖縄の人で保証人になってくれる人が欲しい”というのを解決できるとは、到底思えない。

 会社を当てにしてはいけない。道は自分で切り開くものだ。全ては自己責任。左翼にあるまじきこんな自己暗示をかけ、大親友のHT君を頼ることにした。
 よく言われることだが、契約の保証人になるのは「友情の終わり」の始まりだ、という。であれば、これによって自分とHT君との、熱くもばかばかしい友情の柱は失われてしまうのだろうか。
 否、そもそもHT君自身が拒否する可能性の方が高い。だって普通そうだし。だって「連帯保証人」って、ともすれば「連帯債務者」という言葉の意味に解釈がすり替えられがちだし、そうなれば自分は自動的に何らかの借金を背負った身になってしまうわけで、しかも自分に来る利益は何もないと来た。そりゃ、誰もやらんよ。

 もう、断られたらどうしよう。もっかい会社の誰かに頼むか、もしくは今から大学の指導教官のところ行って頼み込んでくるか。あー、こんなことなら何か、手みやげ買ってくるんだったよー・・・。
 等と苦悶しながらHTくんに電話すると。HT君はあっさり
「ああ、いいですよ。でも今時まだ、そんなの要求するとこあるんだねー」
 と、快諾してくれた。正直、どっと肩の荷が下りた気がした。

 とりあえず明日、飯でも食いながらということになった。いやはや、持つべきものは友である。


 しかしこれ、琉大出の自分だから何とかなったけど。全然そういう関係がないひとだったら、どうするんだ・・・? て言うか、だからそういう人のために信用保証協会があるんじゃないのか?


 ちなみに、不動産屋の人もいい人でした。部屋探すときに、全然関係ない業者が扱ってる物件まで一緒に見て回ってくれました。
 基本的には沖縄は、こういう人が多いです。たまに変な人がいるだけです。



12/10
奴が出た
 引っ越してきてすぐの、まだ荷物も届いていない日のことだった。何も無い部屋で布団を敷いて寝ていたら、押し入れからカサカサという物音がした。

 奴であることは明白だった。普段だったら、即時戦闘態勢に入っていただろう。が、そのときの自分は、対奴兵器である毒ガスも熱兵器も、持っていなかった。あるのはただ、その日に買ってきたテレビ台の部品だけであった。
 それでも近接戦闘用の棒として使うことは出来たが、しかしそれを使って奴を撃退するには、まず奴を押し入れの中から追い出さなければならない。押し入れはくらいよせまいよこわいよーなので、その中で戦闘をするのはいかにもこちら側に不利なのだ。
 しかし追い出そうにもやはりその手段がないし、それにその日は非常に疲れていた。中から出てくるのならばともかく、こもっている限りはこちらに被害が及ぶこともない。
 その日は、放置して寝ることにした。奴は出てこなかった。

 翌日。再び物音がする。そして今度は、ついに奴は押し入れの中から出てきた。奴は飛んだ。羽を使って飛んだ。飛んで、そして室内灯にとりついた。
 この時点で尚、自分に与えられた武器は棒のみであった。棒で奴を攻撃することは可能であったが、しかしその場合、奴が止まっている室内灯を破壊してしまう危険があった。
 私は奴を再び飛ばすことにした。自分の方向に飛んでくる危険性はあったが、しかしどのみち奴はいつ飛ぶかわからない存在なのだ。ならば、迎撃態勢の取れる今飛ばした方が、まだいい。
 私は新聞紙を丸め、奴をつついた。奴は再び飛び、今度は壁に止まった。それを私が再び新聞紙ではたき、床に落ちたところを、棒を以て撲殺した。体調約5Cm。触覚まで含めると10Cmもあるような奴だった。

 私はようやく安堵を得た。そして、それまで行っていた荷物の整理を再開した。
 だが数分後。今度は別の奴が、部屋の反対側から飛来してきた。すっかり気を緩めていた私は、危うく奴と衝突しそうになった。壁にとりついた奴を、私は半ばパニックになりながら新聞紙で叩いた。床に落ちても尚新聞紙で叩き続けていたが、やがてそれでは奴を倒せないことに気づき、先刻使用した棒を持ち出して、ようやく奴を撃破した。


 倒して気づいたのだが、それは先刻倒した奴より一回りほど小さかった。おそらくメスであろう。そして先ほどのがオス。つがいだったのだろうか。自分が引っ越してくるより遙か前からここに住んでいた、先住者だったのだろうか。そう考えると、多少もの悲しい気分にもなった。オスは、住環境の変化に対し偵察のため表に出てきたのだろうか。潜んでいたメスは、相方が倒されたことを察知して慌てて飛んできたのだろうか。
 そして私は、そんな彼らを、殺してしまったのだ。

 だがそんなことを言ったって、仕方が無いじゃないか。このままあの奴ら夫婦を放置したら子供が増えるし、もしそして部屋が奴らであふれかえったとしたら。そのとき大家に追い出されるのは、奴らではなくこの私なのだ。

 これは生きるための戦い。互いの存亡を書けた生存競争なのだ。


 尚、倒した奴の写真をここに掲載しようかとも考えたが、ここを見たiAcnが怒って暴れるといけないので、代わりに奴を粉砕した棒の写真を掲載しておく。
こんぼう
 この棒はテレビ台を支える柱として現在も活躍中である。






12/11
 引っ越しでADSLがまだ開通せず、AIRH”32Kbpsで繋いでいる日々。まあそんなわけだから、ネット利用は必要最低限のことにとどめていて、よそのページを見るとか、あんまりしてない状況なのですよ。

 まあそんなわけで、もう十日も前の記事への参照になっちまいますが。健康さんとこで4コマ漫画祭りをやっているようなので、自分も便乗してみた。

私をぎゃふんと言わせって

 絵柄が某15年前のNHKの番組風なのは、まあご愛敬ってことで。
 そういえば「国際バギ星人協会」をやってたころに、こんな様な絵柄で「ある日の物理学科」ってのを掲載してたけど。あれ、いつの間にかデータが消えちゃったのよね・・・。当時のバックアップもメディアロストしてるし。
 あーあ。あんなの誰も保存してないよなあ・・・・。いや、別にどうでもいい内容なのだが。


12/25
アフターという言葉はしばらく禁句の方向で
 クリスマスイブはToHeart2XRATEDをやっていた荒野草途伸です。十波由真可愛い。こんな子とイブを過ごすことが出来るなんて、ボク、幸せ☆

 ・・・そういえばここのアドレスってリアル知り合いも知ってるんだよな。たぶん会社の人も。女性陣も含めて。
 ま、いいか。


 ところでイブと言えば、旧約聖書に出てくる“最初の男女”、アダムとイブというのがあるわけですが。このイブというのは実は、天然困ったちゃんキャラ何じゃないかとふと思ったわけです。

 アダムはゴッドより「知恵の実は食うなよ、食ったらエデンから追い出すぞゴルァ」と申しつけられていました。
 しがないサラリーマンであるアダムは上司の命令に逆らうことは出来ず、というか逆らうなんて思いもよらず、それを守っていました。

 ところがある日アダムが出勤中、家にいたイブの元に、霊感商法の詐欺師、もとい堕天使ルシファーまたの名をサタンがやってきました。

「あの実を食べると頭が良くなるよ。今ならこの蛇皮の財布付き。」

 アダムが家に帰ると、イブはにっこにこの顔で出迎えます。
「知恵の付く実なんですって。蛇さんが教えてくれたの!」

○| ̄|_


 まあ、最初の人類からしてこんな有様ですから。その子孫が多少ボケていてもそりゃあ仕方のないことでしょう。だから、入社早々失点1とか、それくらい普通にありますよね。


 すいません、反省してます。






12/31
オブジェクトAIR

 どうにも更新が滞ってしまっている荒野草途伸です。
 滞っているのは忙しいから、と言う理由もあるのですが、アクセス数とか来る人の需要とかそういう事ばかり考えて、自分の書きたいことを抑えてしまっていた、というのもあった気がします。
 商売でやっているわけじゃないんだから、もっと好きなこと書けばいい、と思うんですけどね。

 で。自分の好きなものと言ったら、年上のお姉さんとKey作品(特にAIR)なので、今日は大好きなAIRについて語ろうと思います。

 AIRというとその壮大な設定が賞賛される要因の一つになっており、その中でも「翼人(星の記憶を継ぐもの)」というのは物語の中核を為す重要な要素となっています。メインヒロイン神尾観鈴は翼人ではありませんが、最後の翼人の生まれ変わりとして夢の中で記憶を消化するポジションにいます。
 このあたりの関係を、UMLでクラス図にして表記してみました。

翼人クラス図
(クリックすると拡大図が出ます)
 UMLの規則について簡単に説明すると、矢印(↑)は継承を、−と+はそれぞれプロパティ(項目要素)とメソッド(実行要素)である事を表します。

 全ての翼人は、「星の記憶」プロパティを継承しています。最初の翼人から連綿と記憶を受け継ぎ、さらに自らの記憶を追記していきます。(記憶の継ぎ足しであることを考えればオーバーライドとするべきなのかもしれませんが、ここでは各翼人の個別の記憶である事を考慮してオーバーロードとしました。)
 最後の翼人・神奈備命も、翼人の持つ全ての属性エンティティを継承しています。加えて神奈は(物語の中核となる人物ということもあって)種々の属性が追加されていますが、上記クラス図ではその辺の殆どは省略しました。
 神奈は空に封印されますが、その後1000年をかけて地上にての転生を繰り返します。転生した少女たちは神奈の持つ属性を継承しますが、翼人と人間との器の違いから、その全てを受け止めることは出来ません。そのため、一部の属性については無効化(オーバーライド・シャドゥ)されます。

 神尾観鈴もまた、同様に神奈の持つ属性を継承し、一部の属性については無効化されています。しかし、翼人の記憶(観鈴の見る夢)や「海に行きたい」と言った要素はしっかりと受け継いでいます。加えて作中での国崎往人との出会いによって、種々のメソッドが追加されています。
 その観鈴は、全ての夢を見終わることによって、翼人の持つ記憶を終了させます。それ故に観鈴を継承した「ラストの少女」は、観鈴の持っていた翼人の属性は無効化されています。ですが観鈴自身の持っていた「町の外に出てみたい」という願望はそのまま受け継がれていることが、作中では描写されています。


 以上。


 ふう。さて、明日は年上のお姉さんについて語ろうかな。ところで上の文章、誰か最初から最後まで全部読んだ人、います?

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