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エウリアンとわたくし

 エウリアンという言葉を聞いたのは二ヶ月ほど前だった。
 初めは何のことだかわからなかったが、どうやらそれは「絵売りen」、つまり秋葉原等の商業集積地に一時的な拠点を構え、道行く人に高価な絵を売りつけようとする種族のことらしい。

 そういう人たちには、私自身遭遇したことがある。そう、あれはもう5年も前のこと、まだ最初の就職をして間もない頃に、東京出張のついでに寄った秋葉原で、であった。

 その日私は、iAcnと秋葉原で待ち合わせをしていた。当時iAcnの職場は末広町(秋葉原のすぐ隣り、というが殆ど一緒)であったため、待ち合わせ時間は仕事の終わり時間を見込んで18時頃にしていた。が、私の方の用事が非常に早く終わってしまい、15時頃には既にそこに着いてしまっていた。
 行ったことのある人ならばわかるであろうが、秋葉原という土地は休憩できる場所が極端に少ない。あるのは電子部品やら萌え部品やら、とにかくなにがしかの小売店であり、飲食店のようなものがあまりない。よしんばあったとしても、中途半端な時間にあまり食事を取るのは自分はあまり好きではない。つまり、秋葉原には座って休憩できる場所が少ないのだ。

 そんな状況下で、自分は残り3時間あまりをどう潰そうかと思案しながら、人通りの多い秋葉原の通りを歩き回っていた。と、そこに、絵はがき、そう正真正銘の絵はがきを配っている人がいた。当時の自分は「くれる物は何でも貰う」という主義であったので、ためらうことなくそれを受け取った。
 するとそれを配っていた人、23,4くらいの女性であっただろうか、彼女が突如話しかけてきたのだ。
「絵に興味はありませんか?」

 そこで「無い」と言って立ち去ってしまえば、何も起こらなかったのだろう。だがその頃の自分は「己の底の浅さ」というのものに結構悩んでいた時期で、美術鑑賞とか音楽鑑賞とか、そういうものにある種の憧れのようなものを抱いていたのだった。だから、その問いに対して否と答えることは出来なかった。
 彼女が言うには、その絵はがきを配っていた場所では、絵の展示をやっているらしかった。どのみち時間は余っているし、ただで絵が見れるならいい暇つぶしになる。そう思い、建物の中に入っていった。

 美術館のように一枚一枚の絵をじっくりと鑑賞する。そんなスタイルを思い描いていた私の期待は、しかしすぐに裏切られた。表で絵はがきを配っていたはずの彼女が、何故かぴったりと後をつけてきているのだ。それどころか、鑑賞する暇も与えずに「どんな絵が好きですか」とか訊いてくる。
 もう、ウザいことこの上ない。俺は一人で絵を見たいんであって、おめーとデートしたいわけでも絵について語り合いたいわけでもねーよ、と言いたかったが、一応タダで見せて貰ってる以上あまり暴言を吐くわけにも行かない。なので、とりあえず適当に返事をしていた。

 すると今度は彼女、そこの椅子に座れとか言い出す。さすがに一人でじっくり見たいからと言うと、いくつかいい絵を持ってくるからそこに座ってじっくり鑑賞しろとか言い出す。
 まあ普通はここで、「座ったら終わり」と考えるのだろうが。そのとき自分は、「まあ、座って休めるならそれもいいか。どうせ暇つぶしだし」という思考に走ってしまい、椅子に座ってしまった。
 隣を見ると、いかにも「同族」という感じのお兄さんがやはり椅子に座らされている。その横で、ちょっとやせ気味のお姉さんが声を張り上げていた。
「絶対損はさせないから! 買って良かったと思うから!」
 ・・・ああ、なるほどね。こういう店か。そのときようやく、はっきりと自分は確信した。ここは、いわゆる「壷」とか「羽毛布団」とか、そういうのと同じ類の店なんだと。

 さてどうやって逃げだそう。椅子に深く腰掛けながら、自分はそんなことを考えていた。
 そう、逃げたいのならその場で席を立ってしまえば済む話だ。だが。ここにいればiAcnと落ち合うまでの2,3時間を座って過ごすことが出来る。それに、いくらその類の店であったって、契約書にサインしない限りはお金を請求されることは絶対にない。ヤクザまがいの人が出てきた恫喝される可能性はあるが、そのときは警察に電話すればいいし、最悪このとなりのお兄さんと組んで乱闘を繰り広げればいいだろう。胸ポケットのPHSを確認しながら、そんなことを考えていた。

 やがてさっきの彼女が戻ってくる。いろいろ一生懸命話(もちろん、最終的に絵を売るのにつなげるための話)をしてくるのだが、こっちとしてはそんな話はどうでもいい。とにかく2時間経った時にどう抜け出すか、それしか頭にない。返事も適当である。

 そのうち業を煮やしたのか、よりストレートに話をし始めた。
「こういう絵を部屋に置きたいと思いませんか?」
「思いません、というか現実問題として置けません。」
(6畳のワンルームに所狭しとベッドやらパソコンやらあるんだから、幅1mもあるような絵など置けるはずもない)
「月2万円くらいなら、払えるんじゃないですか?」
「払えるわけ無いでしょ、月給12万しか貰ってないのに」
(話をかわすために嘘をついているわけではなく、本当に当時はそのくらいの月給しかなかった)
「幾らなら払えますか?」
「500円。」
(割賦販売法でローンは5年以内=支払い回数は5×12=60回以内と決まっているので、500円なら3万円。まあコレなら万一払わされてもそんなに痛くない。向こうが承諾するはずがないけど。)
「ちょっとそれは・・・。5千円くらいで、ボーナスで10万とかできないですか?」
「10万? 無理無理、この間のボーナスなんか6万しか出てないのに。」

 のれんに腕押し。というか全て事実だから、仮にこっちに買う気があったとしてもどうしようもない。
 今度は彼女、自分も以下に貧乏で収入が低いかということをしゃべり出し、でも絵は買った生活に潤いがとかいう事を話し出したが、所詮は赤の他人の生活。興味ないしそれを取り入れるつもりになどなろうはずもない。

 そして時間は過ぎていった。17時前。そろそろ潮時である。隣のお兄さんはまだ説得されていた。こっちの方の彼女は、ネタを出し尽くしたのかすっかり口数が少なくなってしまっている。そしてふと、ちょっとトイレに行ってきますといって席を立ってしまった。
 トイレというのは口実で、手こずってるから上司に相談しにいった、というのが実際の所だったようだが。しかし自分にとってもそれは絶好のチャンスであった。コレ幸いとばかりに席を立ち、悠然と出口まで歩いていく。
 彼女と、その上司とおぼしき人が慌ててすっ飛んできた。もう少し話をと縋ってくるが、こっちには話すことなど何も無い。人との約束がありますからと振り払う。と、今度は上司の方が、こっちの絵なら60万で買えますよとか言って、小さめの絵を持ち出してくる。見ると、ラメの入った気味の悪い赤ん坊のようなものが描かれた絵。正直、引き取るから金よこせと言いたくなるようなシロモノだ。
「あ゛ー。いらんいらん。そんなものはいらん!」
 はっきりと拒絶の意志を伝え、足早に階段を下りていった。

 外に出て少し伸びをしていると、さっきまで説得されていたお兄さんが中から出てきた。どうやら、自分が出て行ったのをきっかけに席を立ったようだ。うむ、自分は人助けまでしてしまったようだ。そんな達成感というか自己満足感を得ながら、私は再びアキバの街を歩き始めたのだった。


 数ヶ月後同じ場所を歩いたとき、そこは富士通のショールームになっていた。ああ、やっぱりあんな商売が、少なくとも秋葉原でやっていけるわけ無いよなー。そう思ったのだった。
 だが。奴らは5年経った現在もまだ、秋葉原他全国で、オタ相手に絵を売りつけようとしているらしい。しかもある程度学習したのか、扱う絵も芸術っぽいのじゃなくてオタが好きそうな美少女ものとかそういうのになってるらしい。


 皆さんも、気をつけられたし。

 
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